第22回(2006)
2006年
11 /11 土
会場:国立京都国際会館
第22回(2006) 京都賞受賞者
講演テーマ
果てしなき科学の世界
講演要旨
日本には「自分が何でも知っていると思ったら、それは大きな間違いだ」といった意味の古い諺がありますが、いやしくも科学者たるもの、この教えを決して忘れてはなりません。実際、これまで人類はDNA情報を解読し、そのヒトゲノムを解析することによって、いくつかの病気を地球上から撲滅することに成功しました。私が専門とするごく限られた研究領域においても、私どもが開発したFACSによって単一細胞に関する多くの謎が解明され、幹細胞移植、白血病治療に道が開かれてきました。もはや我々に知るべきことは殆ど残されていないかのように思いがちですが、決してそうではありません。先日も私の研究室の若手研究員がこれまでまったく確認されていなかった新種の免疫細胞を発見しています。 思えば私も、ブルックリン大学で化学装置に囲まれて研究に明け暮れ、とうもろこしの種子やショウジョウバエの神秘を学んでいた若かりし頃、いつの日か科学がこの世のあらゆる事象を解明してくれるであろうという幻想を抱いていました。これからも人類は多くのことを知り、我々には想像もできないような新しい技術を開発していくことでしょうが、私達の教え子、そして彼らの教え子の代になっても、謎が尽きることはないでしょう。私達の現実世界の問題を追い求める行為に終着点はありません。これこそが科学の喜びであり、力であります。我々科学者は、あたかも自分達は究極の真理を得たものと思い込んでいる狂信的宗教関係者からの不合理な攻撃を今後も退けていかなければなりません。
講演テーマ
物の動きを読む数理—情報量規準AIC導入の歴史—
講演要旨
1.はじめに 幼児期からの性格的な特徴として、動く道具や玩具をひっくり返して仕組みを見ることを好みました。結局物の動きの理解に直結する統計数理の研究に進み、ここでも既存の方法をひっくり返して見ることを続けて来ました。 2.予測の数理 結果の分からない状況で問題に対処するには、結果を予測して打つ手を決めます。この場合の期待の数理的表現が確率です。観測データを確率的な見方で解釈すると、予測に有効な情報が得られます。この手順を数理的に組織化すれば観測データの統計的処理法が得られます。 3.実際問題への適用 戦後の復興期に、我が国固有の問題に根ざす研究を目指しました。時間的に変動する現象の解析と制御に関心を集中し、関係分野の研究者と共に、生糸の繰糸行程の統計的管理、自動車の不規則振動や船舶の動揺の解析、不規則な変動を示すセメント焼成炉の自動運転のためのモデル化手法の実用化などに成功し、必要なソフトウエアを開発しました。これで当時の国外の研究者の常識を超える成果が得られました。 4.尤もらしさの解明 ここで利用したモデルは、当面の観測値を生み出す確率的な仕組みを表現し、調節可能なパラメータ(変数)を含んでいます。観測データを用い、尤もらしさ(尤度)が最大になるようにパラメータを調節してモデルを決めます。パラメータの数を増せば見かけ上観測データへの適合の度合いは上がりますが、余計な変数を加えると逆に予測上の誤差が増大する見込みが高まります。 5.情報量規準 情報量規準AICでは、尤度による評価値をパラメータの数の2倍だけ引き下げます。必要以外のものは持ち込むなという論理学上の教えの具体化です。定義式は簡単で応用も容易です。情報量規準は仮想的な「真理」(真の構造)への近さを測る尺度と解釈でき、これで異なる構造のモデルの比較が可能になります。この特性がモデル開発の動きを促進し、利用分野が広がり続けることとなりました。
講演テーマ
一本の糸、一枚の布、一生の仕事
講演要旨
私は過去を振り返らずつねに前だけを見て生きてきました。 広島に生まれ原爆に遭った私は、その体験を、生きようとする力に変えながら仕事をしてきました。恐れず勇気をもって前へ進むことを教えてくれた母、創作の喜びを最初に教えてくれた懐かしい小学校の美術の先生。そして仕事の途上で数々の偉大な師に巡り会い深い影響を受け、友人たちからも多くを学びました。大きな転換点をもたらした出来事との出会いもあります。それらひとつひとつに示唆を受け導かれ、今日の私とその仕事があるのだと思います。 京都賞記念講演では、そうした心に残る出会いを縦糸にしながら、横糸は、日本と西洋二つの文化の狭間で探し続けた末にたどりついた「一枚の布」というコンセプトからスタートし、8年から10年ごとに変革してきた各時代の仕事、伝統と革新ということ、今取りかかっている新しい仕事、そして楽しみにしている次のプランについてもお話ししたいと思います。ものづくりのおもしろさを皆さんにお伝えできればと願っています。