William Kentridge
第26回(2010)受賞
美術(絵画・彫刻・工芸・建築・写真・デザイン等)
/ 美術家
1955 -
素描という伝統的技法をアニメーションやビデオ・プロジェクション等の多様なメディアの中に展開させながら、諸メディアが重層的に融合する現代的な新しい表現メディアを創り出し、社会と人間存在に対する深い洞察を豊かなポエジーをもって表現する独自の世界を創始した。
[受賞当時の対象分野: 美術(絵画・彫刻・工芸・建築・デザイン)]
ウィリアム・ケントリッジ氏は南アフリカ共和国に生まれ、ヨハネスブルグを拠点に活動する美術家であり、舞台監督や著述家としても幅広く活動を続けている。大学で政治学を修めた後、演劇、映画制作などの経験を経て、30代後半の1980年代末から「動くドローイング」とも呼べるアニメーション・フィルムの制作を開始した。その作品は、彼が生まれ育ち、現在も自覚的に居住し続ける南アフリカの歴史と社会状況を色濃く反映しており、なかでも自国の歴史を痛みと共に語る初期の〈ソーホー・エクスタイン〉の映像シリーズは、ポストコロニアル批評と共鳴する美術的実践として、世界中から大きな注目を集めた。
ケントリッジ氏は、自身が「石器時代の映画制作」と呼ぶ素朴な制作技法、すなわち、木炭やパステルで描くドローイングの変化の過程を1コマ毎に撮影する膨大な作業を通じて、素描という伝統的技法を、アニメーションやビデオ・プロジェクション、舞台の美術装置など多様なメディアの中に展開させ、諸メディアが重層的に融合する現代的な新しい表現メディアを創り出した。また、特定の地域の歴史や社会状況を題材としながらも、深い洞察力と人間存在の本質を見つめる視点によって、その表現は世界各地の一人ひとりが直面する根源的問題を考えることのできる作品としての普遍性を獲得している。
ケントリッジ氏の作品とその幅広い活動は、個人が世界との関係をいかに築くか、善意と抑圧の両義性、矛盾し分裂した個人の精神など、近代人が直面してきた普遍的な問題を絶えず問い続け、視覚表現の歴史を遡行しながら検証しようとする強靭な意志に貫かれている。南アフリカという辺境に位置しながら、欧米の美術界の動向や批評にも多大な影響を与えているケントリッジ氏の存在と、鋭い知性と豊かなポエジーとを併せ持つその世界は、多くの美術家たちに強い影響を与えると同時に、世界中の幅広い鑑賞者に、様々な政治的、社会的な難題が渦巻く現代の社会的閉塞感の中においても、なお個人の挑戦と実践が有効であり基本であるという希望と勇気を与え続けている。
以上の理由によって、ウィリアム・ケントリッジ氏に思想・芸術部門における第26回(2010)京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです