William Forsythe
第39回(2024)受賞
映画・演劇
/ 振付家
1949 -
ウィリアム・フォーサイスは、伝統的なバレエの表現技法、構造、規範を深く考察することでその概念を拡張し、実践を豊かにし、舞踊形式の将来にわたる可能性を一新した振付家である。舞踊実践を支える論理に革新的なアプローチを行うことにより、組織化された身体運動による意味の生成過程を問い直し続けている。
ウィリアム・フォーサイスは、伝統的なバレエの表現技法と構造と規範を深く考察することでその概念を拡張し、実践を豊かにし、舞踊形式の将来にわたる可能性を一新した振付家である。
1949年に米国ニューヨーク州ロングアイランドに生まれたフォーサイスは、フロリダ州のジャクソンビル大学でバレエを学び、ニューヨークのジョフリー・バレエ団を経て1973年にドイツのシュトゥットガルト・バレエ団に入団。ダンサーとして踊る傍ら、1976年には職業振付家としての第一作Urlichtを発表する。1984年にはフランクフルト・バレエ団の芸術監督に就任。20年に及ぶ在任中に、ジャンルの垣根を超え、バレエの地平を恒久的に変えてしまうような振付作品群からなる広範なレパートリーを構築した。古典バレエ特有のアカデミックな身体性から離れることをダンサーに求め、対位法を多用した振付の中でタイミングを柔軟に決定できる多層的な構造を作品に取り入れ、自律的な自己決定プロセスを広く導入した。これにより、フォーサイス以前には一般的だったバレエ・ダンサーと振付家との間の歴史的・社会的な力関係は一変した。2004年には新たにザ・フォーサイス・カンパニーを設立し、2015年までバレエ芸術の可能性を追求した後、現在はドイツとアメリカを拠点に世界各国でバレエ上演、インスタレーションの制作を中心に活動を続けている。
フォーサイスの革新性は、古典バレエの根底をなすさまざまなメカニズムの配列に厳しい疑問を投げかけ、それまで自明のものとされていた種々の要素を問い直す姿勢に顕著に現れる。その初期の鮮明な例であるArtifact (1984)では、舞台幕が繰り返し、不意に(実際にはタイミングは音楽=バッハの《シャコンヌ》ニ短調と周到に同期されて)下ろされることで視覚が遮断され、再び幕が上がると全く別の情景がすでに広がっている。そのダイナミックな中断がもたらす斬新で魅力的な視覚的体験の連鎖は、19世紀的な古典バレエの構造にしか馴染みのなかった観客に深い衝撃を与え、波のように容赦のない変化が新しい秩序をもつ時代の到来を告げたのである。
またフォーサイスはあくなき探究心をもって、古典バレエにおいては厳密な制約下にあった空間的枠組に関しても、ダンサー自身がそれを一気に拡張し得る環境を創造した。例えばパリ・オペラ座バレエからの委嘱作品In the Middle, Somewhat Elevated (1987)は、アカデミックな高等技術を活用した振付でありながら、一連の動作を徹底的に進展させ加速させることで新しくスリリングな運動の美学を実現している。
振付原理そのものへの深い関心から開発されたのが、即興的な動きの分析に飛躍的な発展をもたらす驚くべき方法論Improvisation Technologies. A Tool for the Analytical Dance Eye (1994, 1999)である。ダンサーがどのように動いて視覚的意図を達成したかを、幾何学的かつ記述的なバレエの舞踊言語を用いて解明するシステムであり、デジタル・アニメーションを駆使した点においても画期的だった。
フォーサイスのさらなる目覚ましい探求の成果としては、ダンスの専門家以外を対象とする、 Choreographic Objects(振付する物体)と呼ばれる一連の作品が挙げられる。主に美術館を会場とし、来場者はそれらの物体と関わることで、さまざまな種類の振付のあり方を身体を通して知るという、ほかでは得られない体験をする。例えばNowhere and Everywhere at the Same Time No.2 (2013)では、何百もの自動化された振り子が天井から下がる部屋で、その揺れ方によって振付の筋書きが決定され、参加者もその動きに従って移動することになる。またBlack Flags (2014)は、あらかじめプログラミングされた2台の工業ロボットが、人間の能力では上演できないような複雑な対位法的振付で巨大な黒い旗を操るという作品である。
西洋芸術において現代の舞踊は、身体と身体的経験を巡るさまざまな観念の進化を促進し、また伝統的な芸術の枠組を無効とするほどの広い文化的変動にしばしば関与してきた点において、特筆すべき成果を上げてきた。フォーサイスは50年近くの間一貫してこの動きの先端にあり続けた存在であり、その業績の根本的な影響は将来にわたって揺るぎないものであることは間違いない。
以上の理由によって、ウィリアム・フォーサイスに思想・芸術部門における第39回(2024)京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです