William Donald Hamilton
第9回(1993)受賞
生物科学(進化・行動・生態・環境)
/ 進化生物学者
1936 - 2000
オックスフォード大学 教授
血縁者を助けることによっても自分の遺伝子が後代に伝わることに着目して、「包括適応度」の概念を提唱し、動物の利他行動がなぜ生じうるかというダーウィン以来の難問を解決するとともに、親が自分の包括適応度を増大するために、子の性比を操作するという理論を展開するなど、生物科学に革命的な影響を与えた。
[受賞当時の対象分野: 生物科学(遺伝・発生・進化・生態)]
ウイリアム・ドナルド・ハミルトン博士は「包括適応度」の概念を提唱し、利他行動の進化を明らかにするとともに、性比理論の拡張など進化生物学上極めて有力な説を提唱し、従来の生物科学に革命的な影響を与えた偉大な行動生態学者である。
自然淘汰に基づくダーウィンの進化論の根幹は、よりよく適応した個体はより多く自分の子孫を残し、その結果、よりよく適応した個体が増えていって、その方向に進化が起こるというもので、個体は子孫を残すためにそれぞれ極めて利己的に振る舞っているという見方が一般的であった。ところが、働きバチや働きアリは、自分では卵を産まず、女王の産んだ卵の世話をするが、このような自分の適応度を高めるうえでは不利としか思われない「利他行動」は、ダーウィンの個体選択理論となじまない部分であり、長い間進化的説明が困難であった。
ハミルトン博士は1964年に「包括適応度」という概念を考え出すことによって、ダーウィン以来のこの難問を100年ぶりに解決した。自分の血縁者は、ある確率で自分のと同じ遺伝子を持っており、血縁者を助けたり育てたりすることによっても自分の遺伝子を持った子孫を増やすことを、博士は数学的に厳密に証明したのである。これにより、動物たちはそれぞれの個体が自分の包括適応度を高めるように行動している、というわれわれの今日の認識ができ上がった。博士の提唱したモデルは極めて現実に適合しており、その血縁選択理論は社会性昆虫の不妊個体の進化をうまく説明したのみならず、包括適応度の概念としてあらゆる生物への適用に道を拓いたのである。また、1967年、ハチなどに見られる極めて偏った性比を説明する局所的配偶競争のモデルを提出し、ゲーム理論による解析で動物の性比研究を大幅に進めた。
ハミルトン博士のこれらの一連の仕事に触発されて、行動学・生態学を中心とした生物科学には大転換が起こった。それは行動生態学、社会生物学という研究分野を生み出すとともに、その影響は人類学、遺伝学、発生学、細胞生物学などの諸分野へと今も広がりつつある。
以上のような偉大な業績により、ウイリアム・ドナルド・ハミルトン博士は第9回京都賞基礎科学部門の受賞者に最も相応しい。
プロフィールは受賞時のものです