Willard Van Orman Quine
第12回(1996)受賞
思想・倫理
/ 哲学者
1908 - 2000
ハーバード大学 名誉教授
認識論から言語哲学・科学哲学の広い分野にわたって数々の洞察に満ちたきわめて刺激的な議論を展開し、20世紀後半の新たな哲学のパラダイムを創出した論理学、分析哲学、言語哲学の第一人者である。
[受賞当時の部門 / 対象分野: 精神科学・表現芸術部門 / 哲学・思想]
ウィラード・ヴァン・オーマン・クワイン博士は分析哲学の巨頭として、論理学、認識論、科学哲学、言語哲学の分野にわたって数々の洞察に満ちた理論を提示し、今世紀における哲学の前進のために卓絶した貢献を行った。
クワイン博士はまず数理論理学・集合論の領域で、B・ラッセルの論理体系を形式的にさらに単純化するという画期的な業績をあげた。そしてその後、ヨーロッパの論理実証主義と活発な思想的交流を行うとともに、それをアメリカのプラグマティズムの伝統に則って根本的に改変し、従来の経験論の徹底した形態ともいうべき独創的な全体論的哲学を構築するに至った。すなわち、博士は科学理論における仮説の検証が、従来の経験論で前提されていたように、一つの文だけで孤立して経験的事実とつきあわされるのではなく、ひとまとまりの文体系である理論全体として事実と照合されることを指摘した(クワイン=デュエム・テーゼ)。この全体論的知識論によれば、論理実証主義がその認識論において前提していたような、経験とは独立にその真理が定まる「分析的命題」(数学や論理学の命題)と、経験によってのみその真理が定まる「総合的命題」(経験的命題)の区別は、維持できないことになる。こうした分析的-総合的の区別は、合理論哲学やカントの批判哲学にも共有されていた理論的前提であるから、博士の指摘は、西洋の近世認識論の伝統に根本的な批判を投げかけるという意義を持っている。博士はこうした従来の認識論に代わるべきものとして、哲学を自然科学と連続的な理論的営みと捉える視点を提唱したのである。(「自然化」された哲学)。さらに博士は、互いに未知の言語間で翻訳が行われる場合には、経験的には等価だが、論理的には両立不可能な複数の翻訳マニュアルが存在しうることを指摘した(翻訳の不確定性テーゼ)。この言語哲学上の洞察は、語の意味や対象の指示にまつわる根本的な問題を提起すると同時に、文化の相対性や相互理解といった幅広い問題に、論理的な論拠を提供するという役割を果たした。
以上のような、緻密な論理分析に支えられたクワイン博士の業績は、哲学の根幹にかかわる議論の活性化、深化に大きく寄与したものであり、現代の哲学はクワイン博士の名を抜きにしては語りえない。よって、クワイン博士に精神科学・表現芸術部門の第12回京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです