Walter Jakob Gehring
第16回(2000)受賞
生命科学及び医学(分子生物学・細胞生物学・システム生物学等)
/ 発生生物学者
1939 - 2014
バーゼル大学 教授
ショウジョウバエを使った生物の発生過程の研究により、ホメオボックスおよびその種間共通性を発見し、生物の形態形成の基本的な理解に画期的な貢献をするとともに、今日の生物学の進展に大きく寄与した。
[受賞当時の対象分野: 生命科学(分子生物学・細胞生物学・神経生物学)]
ゲーリング教授は、ショウジョウバエなどの生物発生過程の研究を通して、生物の形態形成に共通する基本的な原則の理解に画期的な業績を上げ、生命科学の進展に大きく貢献した。
教授は、生物の形態形成における遺伝子の働きについて、従来から多くの示唆を与えていたショウジョウバエの遺伝学的な実験に、早くから分子生物学的手法を導入した。1983年ショウジョウバエの体節の特徴を決めるうえで鍵を握るホメオティック遺伝子の1つ、アンテナペディア遺伝子をクローニングし、その構造を明らかにした。しかも、この遺伝子には、他のホメオティック遺伝子と共通の塩基配列部分があることを見い出し、ホメオボックスと名付けた。この部分はショウジョウバエが将来、頭部、脚部、羽根部、胴部などになる体節において、それぞれの運命を決めるいわば司令塔となっている。さらに重要なことに、このホメオボックスが、下等な生物からヒトに至るまで様々な生物に存在し、体節特異性の決定は種を越えた共通の仕組みで調節されていることを明らかにした。この業績は、からだの構築という最も複雑な生命現象を制御する遺伝情報の仕組みを理解するための重要な概念となり、発生学のみならず広く生物学全体に大きな衝撃を与えた。また、教授はホメオボックスを持つ遺伝子が発生過程で果たす役割を解析し、ホメオボックスの指令するホメオドメインと呼ばれるタンパク質が DNA と結合する分子機構の研究を進め、形態形成を支配する遺伝子の発現を制御する機構を解明した。一例として、ショウジョウバエの眼を正常とは異なった場所で形成させる実験や、マウスの Small eye という眼の遺伝子をショウジョウバエで発現させる実験などから、眼という器官の形成の最初の指令を出すマスター遺伝子の実体を初めて明らかにした。これらの実験から、生物には眼を形成するための共通したマスター遺伝子が存在し、眼の形成は脊椎動物、無脊椎動物にかかわらず、その遺伝子の指令に基づいて行われることを発見した。このことから、教授は、発生の制御を行う遺伝子は長い進化の間も保存され、その制御は種を越えた共通性の高い機構で行われていることを明確に示した。これらの分子レベルでの研究は、現在では、生物界における形態の多様性や進化を研究しようとする Evolutionary Developmental Biology(進化発生学)へと発展しており、発生学の新たな分野の展開につながっている。
このように教授は、発生・遺伝の分野のみならず、種の進化や生物の系統・多様性を根元的に理解するための道を拓き、生命・生物の基本的理解に大きな貢献をしている。
よって、ゲーリング教授に基礎科学部門における2000年京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです