Nicole Marthe Le Douarin
第2回(1986)受賞
バイオテクノロジー及びメディカルテクノロジー
/ 発生生物学者
1930 -
フランス科学振興機構発生学研究所 所長
ニワトリとウズラ間のキメラ動物の作出という新しい技術を創案し、高等動物の神経系、免疫系がどのように発生し、発達してくるかの全貌を明らかにするなど、発生工学における新しい研究方法の確立に多大な貢献をした。
[受賞当時の対象分野: バイオテクノロジー(遺伝子、細胞・発生・癌、生体機能など)]
生物の精巧なからだは、すべて卵というじつに簡単な形のものから出発して仕上がる。このプロセスを発生と呼ぶが、それはまことに劇的な変化をともなうものであるから、古くからその研究は数多くの生物学者の興味を集めてきた。しかし、このような変化の謎を解き明かすことはすこぶる困難であり、現在、将来の生物化学が研究すべき最大の課題の一つとなっている。その困難の一つは、この発生という目覚ましい変化において、生物体の単位であるそれぞれの細胞が、どのように振る舞っているのかという、じつに基本的な点を明確に知る方法がなかったことである。
ルドワラン女史は、ニワトリとウズラという異なった動物種間のキメラ動物を作出するという新しい技術を創案し、そのうえニワトリの細胞とウズラの細胞を識別する方法を発見し、これによって主に神経系と免疫系における組織形成において、その原基からいかなる細胞がいかなる経路を経て成体における状態に達するものであるかを、きわめて正確に解明した。これは、それまでまったく研究の困難であった高等動物の神経系、免疫系がどのように発生し、発達してくるかの全貌を明らかにする基礎を確立したものである。
ルドワラン女史は、その新しい研究方法の成功によって、細胞レベルでのより詳細な発生研究方法を創始し、一般に「発生工学」と呼ばれる新しい研究分野の確立に重大な貢献を行った。これは発生研究に一紀元を画したものである。動物の神経系と免疫系については、とくにそれはヒトを含めた高等動物の生命維持に中核的役割を果たすことから、それらの発生についての知識がきわめて強く要望されている。
この点、ルドワラン女史はキメラ動物に生じる各種の神経機能障害と免疫との研究によって、ヒトの神経系病疾患等の解明にも、このキメラ動物の使用がまったく新しい視点を提供することを示しつつある。したがって、ルドワラン女史の発生学における技術とその研究成果は、ヒトの重要な疾病の成因の基礎的理解にあたっても、輝かしい未来を大きくひらくものである。とくに、これからは生物学の時代といわれ、科学も技術も生物に学ぼうという方向に力点を当てている今日、この技術と研究に京都賞を贈る意義はまことに大きいといえよう。
プロフィールは受賞時のものです