Nalini Malani
第38回(2023)受賞
美術(絵画・彫刻・工芸・建築・写真・デザイン等)
/ 美術家
1946 -
親しみやすい形式と多様な媒体を用いた夢幻的な空間を創出し、抑圧に苦しむ「声なき者の声」を多くの人々に届ける表現を開拓してきた。非欧米圏の美術家として、世界的に活動し続け、欧米を中心に作られた従来の美術観を見直す潮流に大きく貢献した。
ナリニ・マラニは、親しみやすい形式と多様な媒体を用いた夢幻的な空間を創出することによって、抑圧に苦しむ「声なき者の声」を多くの人々に届けようとする意志に満ちた作品を生み出してきた。また、非欧米圏の、特に女性の社会進出が難しい地域出身のアーティストとして、世界的に活動してきた先駆者の一人であり、20世紀末から30年以上続く美術の「脱中心化」の推進力となってきた。
インド・パキスタン分離独立時に難民としてインドに逃れ、ムンバイで美術を学んだ後、パリに留学し、多くの文化人の謦咳に接して、外から祖国の現実を見る眼を養った。
この経験をもって、宗教対立や差別などの問題を抱えるインド社会に向き合うべく帰国した後は、幅広い層の人々に訴える表現を模索し、映像、絵画、素描、インスタレーションなど多様な媒体を用いた作品を発表してきた。2000年代には、伝統的な神話から神々のモチーフを採り、ビデオやプロジェクションといった新しい技術を用いて影絵芝居や回り灯篭を思わせる夢幻的な空間を作り上げるという、今日のマラニを代表するスタイルを確立した。女性や貧困者など、抑圧に苦しむ人々の個別具体的な姿に向き合うことで生み出された作品では、抑圧する人、される人、世界の変転を司る女神や動物たちが混じり合い、回りながら壁にその影を映し出す。鑑賞者は、あたかも地域の祭りで演じられる神話劇の一場面を見るようにして、今日の社会に埋もれた「声なき者の声」に思いを致すことになる。
対立、融和、抑圧、夢や神話といった普遍的なテーマ設定、モチーフを描き出す優れた素描力、身体を包み込む空間の美しさによって世界中の鑑賞者に訴えかけるマラニは、1990年代以降に世界中で展示の機会が増加し、現存のインド人作家として初めてパリのポンピドゥー・センターにおいて回顧展(2017年)が開催されるなど、欧米を中心に作られた美術観を見直す動向の推進力となってきた。
このようにマラニは、地域社会の現実に根差しつつ、抑圧に苦しむ人々と向き合いながら、彼らの声を多くの人々に届ける表現を開拓し、美術の潮流に非欧米圏から変化をもたらすことに大きく貢献した。
以上の理由によって、ナリニ・マラニに思想・芸術部門における第38回(2023)京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです