Masatoshi Nei
第29回(2013)受賞
生物科学(進化・行動・生態・環境)
/ 進化生物学者
1931 - 2023
ペンシルベニア州立大学 教授
遺伝的距離など様々な統計的手法を考案し、それらを分子レベルのデータに応用することによって、進化現象を理解する上で重要な進化的分化や遺伝的多様性、遺伝子に働く淘汰様式などの定量的な議論を可能にし、分子進化生物学の発展に大きな貢献をした。これらの手法は、進化生物学のみならず、生態学や保全生物学など多くの学問分野にも寄与している。
根井正利博士は、蛋白質やDNA塩基配列の変異のデータを解析するさまざまな統計的手法を開発し、進化生物学を分子データにもとづいた厳密な科学とする上で大きく貢献した。進化は、生物集団において突然変異が出現し、広がり、もとのものと置換することが多数繰り返されることで生じる。根井博士の開発した解析手法により、遺伝変異と進化時間の定量的な理解が可能になり、単細胞生物から人類にいたる広範な進化現象を実証的に理解できるようになった。
まず根井博士は、生物集団における対立遺伝子やアロザイムの頻度に関して、集団間での違いを定量化する「根井の遺伝的距離」を提唱した。遺伝的距離を用いることで、集団間の遺伝子構成の違いから、それらの間の移住率や、生物集団や種がいつ分化したかを議論することが可能になった。たとえば、アフリカ、アジア、ヨーロッパの人類集団の分岐時間をいち早く推定するなど、進化生物学上重要な課題の解決に寄与した。その発展として、統計量GST(遺伝子分化係数)や塩基多様度等を次々と考案し、生物集団の進化的分化や遺伝的多様性の測定の精緻化に貢献した。
第二に、根井博士は、遺伝子間の系統関係を扱う多数の手法を展開した。特に博士らが開発した分子系統樹作成のための「近隣結合法」は、多数の分類群を含む系統樹を効率よく扱えるため、長年にわたって幅広く用いられた。博士が、種の系統関係と遺伝子の系統関係との理論的背景を明らかにしたことも大きな業績である。その手法は、ヒト・チンパンジー・ゴリラに代表されるような近縁な生物種間の系統関係を遺伝子の系統関係から導く理論として現在も頻繁に利用されている。
第三に、DNAの塩基置換速度をアミノ酸置換を起こすものと起こさないものに分けて測定する手法を、根井博士は使用しやすくすることで格段に普及させ、それらの速度の違いから分子レベルの進化機構が解明できることを示した。この手法のもっとも顕著な適用例としては、MHC遺伝子群において変異を保つような正の自然淘汰が働いているとの以前からの推測を、根井博士が遺伝子レベルで実証したことである。
このように根井博士が開発した様々な解析手法は、進化生物学のみならず、保全生物学、生態学等の学問分野の発展にも幅広く貢献してきた。
また根井博士は、引用頻度の高い教科書を複数出版し、国際学会の創設やその学会誌の発刊に尽力するなど、若い学生の教育や進化生物学の啓蒙にも大きく寄与した。
以上の理由によって、根井正利博士に基礎科学部門における第29回(2013)京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです
進化生物学の発展に幅広く貢献した根井博士を偲ぶ
第29回(2013)京都賞基礎科学部門受賞者の根井正利博士が逝去されました。92歳でした。 根井博士は、「近隣結合法」や「根井の遺伝的距離」といった遺伝情報を統計的に扱う手法を開発し、生物の進化を定量的に解析する上で大き...
宮崎大学に根井正利博士の展示が新設されました
2013年に京都賞を受賞した根井正利博士のご功績を讃える展示が宮崎大学に新たに誕生しました。 進化生物学者の根井博士は、1972年の論文でタンパク質やDNAに残された進化の痕跡の違いを定量的に解析できる「根井の遺伝的距離...
根井正利博士にジョン・スコット賞
1972年に発表された「根井の遺伝的距離 (Nei’s Genetic Distance)」からおよそ半世紀。根井正利博士はそれまでは推測や仮説にとどまっていた進化の諸現象(生物集団が共通の祖先からどの時点で分岐したのか)を、分子レベルで定量的、実証的に理解できるそのモデルを発表。進化生物学界に大きなインパクトをあたえました。