Masaki Kashiwara
第34回(2018)受賞
数理科学(純粋数学を含む)
/ 数学者
1947 -
京都大学 数理解析研究所 特任教授
D加群の理論を確立し、代数解析学の構築に決定的な役割を果たした。特にその展開において、リーマン-ヒルベルト対応の確立と表現論への応用、結晶基底理論への貢献をはじめとした多くの業績により数学の諸分野にわたって影響を与え、その発展に大きく貢献している。
柏原正樹博士は、代数解析学の要となるD加群の理論を基礎から築き上げて現代数学の諸分野へ展開し、多くの卓越した業績をあげてきた。
代数解析学は、微分方程式など解析学の対象を現代代数学の方法に基づいて研究する分野である。柏原博士は初期の研究で佐藤幹夫博士、河合隆裕博士と共同し、線形偏微分方程式系の分類理論を完成した(1)。代数解析学では線形微分方程式系を微分作用素環D上の加群、すなわちD加群と捉えて研究する。博士は単独でD加群の基礎理論を確立し、その後の発展の基礎を築いた。
とりわけ著しい業績にリーマン-ヒルベルト対応の構成がある。線形微分方程式に対して、その解の多価性を測るデータとしてモノドロミー群という概念が定まる。逆に、与えられたモノドロミー群を持つ微分方程式は常に存在するか、という問題はリーマン-ヒルベルト問題と呼ばれ、1次元の場合には肯定的に解かれていた。柏原博士は、懸案であった高次元の場合にD加群の理論による解答を与えた(2, 3)。この研究は幾何学・代数学・解析学の見事な融合であった。その応用として博士は、リー代数の表現論で重要なカジュダン-ルスティヒ予想を共同研究者等と共に解決した(4)。さらに無限次元リー代数への拡張に関する共同研究(5, 6)は、正標数の代数群の表現に関するルスティヒ・プログラムの完結において重要なステップになった。
量子群の結晶基底は、表現論における、柏原博士のもう一つの重要な業績である。量子群はリー代数をパラメータqで変形した代数である。博士はqが0になる極限で著しい簡易化が起こることを見出し、q= 0における結晶基底を導入したが、同基底の組合せ論的グラフ構造は表現論の多くの問題を組合せ論に帰着した(7)。それにより結晶基底理論は表現論や可積分系などの分野で強力な道具となった。博士はさらに結晶基底が任意のqにおける大域結晶基底に一意的に拡張されることを示した(8)。大域結晶基底は、ルスティヒ博士が全く異なる視点で1990年にq= 0と大域的の両方の場合に導入した標準基底に一致することが分かっている。
柏原博士の貢献は他にも多岐にわたり、顕著な業績として層の超局所解析の展開(9, 10)などがあり、現在もリーマン-ヒルベルト対応の不確定特異点への拡張(11) など重要な成果をあげ続けている。
以上の理由により、柏原正樹博士に基礎科学部門における第34回(2018)京都賞を贈呈する。
参考文献
(1) Sato M et al. (1973) Microfunctions and pseudo-differential equations. In Lecture Notes in Math. 287(Springer-Verlag, Berlin-Heidelberg-New York): 265–529.
(2) Kashiwara M (1980) Faisceaux constructibles et systèmes holonômes d’équations aux dérivées partielles linéaires à points singuliers réguliers. In Séminaire Goulaouic-Schwartz, 1979–80, Exposé 19, École Polytechnique, Palaiseau.
(3) Kashiwara M (1984) The Riemann-Hilbert problem for holonomic systems. Publ RIMS, Kyoto Univ20: 319–365.
(4) Brylinski J-L & Kashiwara M (1981) Kazhdan-Lusztig conjecture and holonomic systems. Invent Math64: 387–410.
(5) Kashiwara M & Tanisaki T (1995) Kazhdan-Lusztig conjecture for affine Lie algebras with negative level. Duke Math J77: 21–62.
(6) Kashiwara M & Tanisaki T (1996) Kazhdan-Lusztig conjecture for affine Lie algebras with negative level Ⅱ: Nonintegral case. Duke Math J84: 771–813.
(7) Kashiwara M (1990) Crystalizing the q-analogue of universal enveloping algebras. Comm Math Phys, 133: 249–260.
(8) Kashiwara M (1991) On crystal bases of the q-analogue of universal enveloping algebras. Duke Math J63: 465–516.
(9) Kashiwara M & Schapira P (1985) Microlocal study of sheaves. Astérisque128.
(10) Kashiwara M (1985) Index theorem for constructible sheaves. Astérisque130: 193–209.
(11) D’Agnolo A & Kashiwara M (2016) Riemann-Hilbert correspondence for holonomic D-modules, Publ Math-Paris123: 69–197.
プロフィールは受賞時のものです