Kurt Wüthrich
第14回(1998)受賞
バイオテクノロジー及びメディカルテクノロジー
/ 構造生物学者
1938 -
スイス連邦工科大学(ETH) 生物学部 学部長・分子生物学 教授
核磁気共鳴(NMR)法という技術を発展させて、蛋白質や核酸などの生体高分子の立体構造を、それらが実際に機能する環境である溶液や生体膜の中にある状態のままで決定する方法を開発し、構造生物学、分子生物学に大きく寄与するとともに、バイオテクノロジーの発展に絶大な貢献をした。
ヴュートリッヒ博士は、核磁気共鳴(NMR)法を発展させて、蛋白質や核酸などの生体高分子の立体構造を、それらが実際に機能する環境である溶液や生体膜の中にあるがままで決定する方法を開発し、構造生物学、分子生物学の発展に多大な貢献をした。
従来、構造生物学の分野においては、生体高分子を結晶化して解析するX線結晶解析が主流であったが、結晶化できない物質の解析はできず、また生理活性発現の場である溶液状態での立体構造解析は不可能であった。博士は核磁気共鳴(NMR)を使い、電子と核の相互作用により起こる核オーバーハウザー効果(NOE)から原子間の距離情報を求め、立体構造を構築するディスタンスジオメトリーという独創的なアイデアで、溶液中での蛋白質の構造を原子レベルで決定する方法を開発した。この方法は、測定法や解析技術の開発のほか、計算機による構造決定のアルゴリズムからグラフィックスツールに至るまでの広範な技術が融合されたもので、博士の研究者としての卓越した資質なくしては成し得なかった快挙である。博士の開発したNMR法で決定された生体高分子の立体構造の数は、現在までに構造が決められた蛋白質の1/5、数にして1,200個にも及んでいる。
博士自身も、DNA結合蛋白質、薬理作用を持つ神経ペプチド、サイトカインなど多種多様にわたる生物学的に重要な生体高分子の立体構造を決定している。特に最近の狂牛病にかかわるプリオン蛋白質や、免疫抑制に重要な意味を持つサイクロスポリンA-サイクロフィリン複合体などの立体構造解析は、この手法が生物学的、医学的応用に重要な貢献をした好例となっている。
博士の業績はこの立体構造決定技術の開発に留まらない。従来の蛋白質像は、結晶構造から得られる静止画像的イメージに基づくものであったが、NMR法では、水溶液中で様々な時間スケールで揺れ動くダイナミックな状態で観察が可能なため、博士はこの分子運動を積極的に測定し、蛋白質の運動性を定量化する手法をも開発した。こうして測定された蛋白質の運動性は、酵素活性や分子認識能などの機能と密接な相関を示す新しい蛋白質像を構築するものであった。これは新規生体分子の機能の解析に有力な情報を与えるとともに、ドラッグデザインなど蛋白質の工学的利用にも大きな影響をもたらし、バイオテクノロジーの発展に大きく貢献した。
このように、博士は蛋白質などの生体分子の構造-機能相関を研究する構造生物学に新しい方法論を築くとともに、複雑な生命現象の機構解明への突破口を開き、構造生物学、分子生物学の発展に大きく寄与している。よって、ヴュートリッヒ博士に先端技術部門における本年の京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです