Kiyosi Itô
第14回(1998)受賞
数理科学(純粋数学を含む)
/ 数学者
1915 - 2008
京都大学 名誉教授
確率解析の研究、特に確率微分方程式論の創始により、自然や社会における偶然的要素を持つ運動や現象の研究に画期的な進展をもたらし、数理科学のみならず、物理学、工学、生物学、経済学の諸分野の発展にも大きな貢献をした。
[受賞当時の対象分野: 数理科学]
伊藤博士は確率解析の研究、特に確率微分方程式論の創始により、自然や社会における偶然的要素をもつ運動や現象の研究に画期的な進展をもたらし、数理科学のみならず、物理学、工学、生物学、経済学の諸分野の発展にも大きな貢献をした。
花粉の微粒子について植物学者ブラウンによって最初に観察された粒子のブラウン運動は、20世紀になると、アインシュタインやペラン等の物理学者により研究が進められた。これらの研究を背景として、1923年にウィーナーがルベーグ積分の概念に基づき経路空間上の確率として数学的基礎を築いたことにより、確率解析の歴史が始まった。伊藤博士は1942年、確率積分の概念と、それにともなう解析学を基礎から始めて理論の再構築を行い、偶然の要因をもつ運動を定式化した確率微分方程式論を創始した。この理論の出現により、その後の確率解析研究は飛躍的な発展を遂げた。
確率微分方程式は、ブラウン運動をはじめとする偶然性に支配される運動の連続的な軌跡を記述する運動方程式であり、その解によって一般の拡散運動を記述する経路空間上の確率が構成されるものであるが、1950年頃から偏微分方程式論、ポテンシャル論、調和積分論、微分幾何学、調和解析など広範な数学での研究、および理論物理学との関連で新たな展開がなされていった。
今日では、多くの研究者により経路空間上における微分積分学が確立され、漸近理論や、微分幾何学の再構築が試みられるに至っているが、博士の理論は、今日なお確率解析の基本的な部分として生き続けている。
また、この理論は偶然性をともなう現象の解析において、数学以外の多くの分野にも応用されるようになり、現在、物理学を始め、集団遺伝学、確率制御理論などの自然科学の分野のみならず、経済界における数理ファイナンスなどでも「伊藤解析」を使って計算するのが常識化している。実際、金融の現場ではそれは「伊藤の公式」としてよく知られている。
このように、20世紀における確率解析の体系的発展の端緒を作り、その後の発展において常にその中心として活躍した伊藤博士の業績は、数学としての内容の深さ、および他分野とのかかわりの広さにおいて特筆すべきものがあり、まさに今世紀を代表する数理科学の基礎理論のひとつというべきものである。 よって、伊藤博士に基礎科学部門における本年の京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです