John Pendry
第39回(2024)受賞
材料科学
/ 理論物理学者
1943 -
インペリアル・カレッジ・ロンドン 理論固体物理学教授
対象とする電磁波の波長より小さな微細構造体を設計することにより、負屈折材料など自然界に存在しない性質を持つ物質(メタマテリアル)が実現できることを理論的に示し、サブ波長の解像度を持つ「スーパーレンズ」や「透明マント」等の革新的材料を生み出すための基盤を築いた。
物質の電磁気的特性は、通常は物質の組成と結晶構造によって決まる電子構造によって支配され、人工的に制御することには種々の困難があった。しかし、ジョン・ペンドリーは、対象とする電磁波の波長より十分に小さな導電性の構造体を設計・活用すれば、負の屈折率など自然界に存在しない性質を持つ物質(メタマテリアル)が実現できることを理論的に示した。具体的には、微小な導電性構造体の電磁波に対する共振状態を用い、非磁性導電体のリング状構造を持つ材料で負の透磁率を実現できることを明らかにし(1)、さらに細線格子とリング状の両構造を持つ非磁性導電性材料では、負の誘電率と負の透磁率を同時に達成できることを示した(2)。誘電率と透磁率が共に負の値を持つ物質では、屈折率が負になることは1960年代に予見されていたが、ペンドリーはその具体的な設計理論を構築した。その結果、彼の理論に基づき、負の屈折率を持つメタマテリアルが実験的に初めて実現された。
ペンドリーのメタマテリアルの基礎となる概念は、波長よりもはるかに小さなスケールの導電性の構造体から新奇な電磁気的特性が実現できるというものであり、材料の特性制御に新たな可能性を拓いた。例えば、負屈折材料では、界面での屈折波が入射波の逆方向に進むなど、特異な性質を示す。ペンドリーはこのような性質を利用して、回折限界を超えた、理想的には無限の解像度を実現できる「スーパーレンズ(完全レンズ)」を提案し、マイクロ波領域で、その有効性を示した(2)。現在、これらの成果を基にした種々の材料や素子の研究開発が世界各地で進められている。
さらに、ペンドリーは、マクスウェル方程式における座標変換を用いて、電場、磁場、エネルギー流の軌跡を制御する「変換光学」を提要した(3)。この概念は光学素子の設計自由度を格段に向上させ、多くのメタマテリアル材料や素子の設計に適用されている。特に、「透明マント」の提案は、学術界はもとより社会全体からも大きな注目を集めている。このデバイスは、メタマテリアルの電磁気的特性が持つ自由設計の可能性を利用し、光を遮蔽したい領域を巧みに迂回させ、元の軌跡に戻るよう導くことを実現するものである。実際にペンドリーは実験グループと共にマイクロ波帯域でこの性質を持つ材料の実証に成功している(4)。
ペンドリーの研究成果を契機に、2000年代初頭からメタマテリアルの研究が世界中で飛躍的に進展し、現在ではマイクロ波制御技術や遮熱技術、光波技術など、幅広い分野でその展開が期待されている。ペンドリーのメタマテリアルに関する理論的研究は、材料科学分野において革新的かつ重要な進歩をもたらし、新たな学際的研究領域を創出し、新規材料の社会応用への道を開いたものである。その功績は非常に高く評価される。
以上の理由によって、ジョン・ペンドリーに先端技術部門における第39回(2024)京都賞を贈呈する。
参考文献
(1) Pendry JB et al. (1999) Magnetism from Conductors and Enhanced Nonlinear Phenomena. IEEE Trans. Microw. Theory Tech. 47 (11): 2075–2084.
(2) Pendry JB (2000) Negative Refraction Makes a Perfect Lens. Phys. Rev. Lett. 85 (18): 3966–3969.
(3) Pendry JB, Schurig D, & Smith DR (2006) Controlling Electromagnetic Fields. Science 312: 1780–1782.
(4) Schurig D et al. (2006) Metamaterial Electromagnetic Cloak at Microwave Frequencies. Science 314: 977–980.
プロフィールは受賞時のものです