John Maynard Smith
第17回(2001)受賞
生物科学(進化・行動・生態・環境)
/ 進化生物学者
1920 - 2004
サセックス大学 名誉教授
進化的に安定な戦略(ESS)概念の提唱によって、生物の社会活動や性のあり方など進化生物学の根本的な問題に統一的理解を確立する上に決定的な寄与をし、生物科学の発展に多大な貢献をするとともに、経済学、政治学などの分野にも大きな影響を与えている。
メイナード=スミス教授は、進化的に安定な戦略(ESS)概念の提唱によって、生物の社会行動や性のあり方など生物学の根本的な問題の統一的理解に決定的な寄与をし、生物科学の発展に多大な貢献をした。
現代生物科学の認識によれば、生物たちは種族維持のためではなく、各個体がそれぞれ自分の遺伝子を持った子孫をできるだけ多く後代に残すために、すなわち自分の適応度増大のために、利己的かつ競争的に生きている。この考え方と矛盾するように見える利他的・協力的な行動も、血縁者どうしの場合については、第9回京都賞受賞者のW. D. ハミルトン教授の血縁淘汰の概念によって説明された。
ところが、生物においては非血縁者の間の協調的な振る舞いもきわめて多いのである。例えば大人の動物どうしは食物やなわばりをめぐって頻繁に闘うが、殺し合いに至ることは少ない。それはなぜか。この問題は人間の道徳や平和にも関わりを持つものであるが、理論的説明は全くなされていなかった。
メイナード=スミス教授は動物たちがゲームをしているという設定に立ってゲーム理論を導入し、殺し合いに至らないのは、徹底的に攻めるというタカ派的な闘い方より、自分の身を危険にさらさないハト派的な戦略のほうが自分の適応度増大にとって有利であるからであることを明快に示した。しかし、ハト派戦 略はいったんタカ派戦略に侵入されたら、それにとって代わられてしまい、その動物の戦略は不安定になる。実際、動物たちは単純なハト派戦略はとっていない。そこには、個体群が一定の戦略を持つ個体で占められ、他のどんな戦略を持つ変異個体の侵入も排除される「進化的に安定な戦略」 (Evolutionarily Stable Strategy=ESS)というものが存在するはずだと教授は考え、多くのESSの実例を挙げつつそれらがなぜESSになるのかを理論的に証明した。闘争の場合には、なわばりの持ち主であればタカ派戦略で、侵入者であればハト派戦略で、といった教授がブルジョワ戦略と呼ぶ条件付戦略もその一例である。
教授はこのESSという概念によって、それ以前の進化生物学や行動生態学、集団遺伝学では説明が困難であった多くの問題の本質を、数理的手法を用い てより深く掘り下げて説明した。今やESSは幅広い生物学分野を統一的に理解するためのキーワードとなっており、経済学、経営学、政治学など広汎な分野にも大きな影響を与えている。
よって、メイナード=スミス教授に基礎科学部門における2001年京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです