Iannis Xenakis
第13回(1997)受賞
音楽
/ 作曲家
1922 - 2001
音楽を一つの物理的音響現象として数学的に捉える創造技法を確立し、一貫してコンピュータを駆使した創作により、第1作《メタスタシス》から《アトレ》などの代表作を通じ、ヨーロッパの枠組みから解き放たれた人間的・精神的宇宙を豊かに構築した。音楽史の中にあって全く新しい世界を開示した20世紀音楽の巨人。
[受賞当時の部門: 精神科学・表現芸術部門]
イアニス・クセナキス氏は、音楽を物理的音響現象として数学的に捉える立場に立ち、コンピュータを駆使する独自の創作技法を用いて活動を続け、20世紀音楽史の中にあって独自の世界を開示した作曲家である。
クセナキス氏は、当初音楽の勉学のかたわら、建築学と数学を修得、フランスに亡命後はオネゲル、ミヨー、メシアン(第1回京都賞受賞者)に学び、音楽の新しい表現方法を探求した。クセナキス氏のデビュー作《メタスタシス》は、建築設計上の発想にヒントを得て大量のグリッサンド群が交錯するダイナミックな展開を行うもので、初演されたドナウエッシンゲン音楽祭で一躍注目を浴びることとなった。続く《ピソプラクタ》ではストカスティック(確率統計学、ST)と呼ばれる数学理論を導入した。
氏の基本的な思考は、音楽とは音という分子が集合して形成される雲状の音響形態の変化の過程である、とするものである。従ってストカスティックとは、多量の音を扱う際に、音の諸パラメータの分布状況を数理的に決定していくもので、多くの場合、自然現象を公理化した公式が用いられている。コンピュータで演算を行ったSTシリーズ《アトレ》《モルシマ-アモルシマ》など一連の作品は、この領域での先駆的な業績とされている。1965年には「数学の自動音楽センター(EMAMu)」を設立し、音楽の新たな方向付けを行っている。
クセナキス氏は音楽的時間論が主流であった時期に、「音楽的空間」という物理的空間と、「時間外構造の音楽」という考えに着目した最初の作曲家でもあった。特に時間外構造の概念は、ヨーロッパ音楽の伝統である時間内音楽とは違った更に肥沃な音楽の世界を準備するものとされるが、その意味で、氏は非ヨーロッパ的な哲学をヨーロッパ音楽に導入したものといえる。
そのような確固たる哲学的思惟があればこそ、クセナキス氏は戦後の前衛音楽のさまざまな流行に乗ることなく、また70年代半ばから始まったポストモダン、新ロマン主義にも独自の道を歩み続けた。氏の音楽はその数学的方法論にも拘わらず、豊かで強い人間的感触と感動を与えるものとして評価されており、またその素朴な人柄も親しまれている。よって、クセナキス氏に精神科学・表現芸術部門の第13回京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです