Elliott H. Lieb
第38回(2023)受賞
数理科学(純粋数学を含む)
/ 数学者・物理学者
1932 -
プリンストン大学 名誉教授
量子物理学を中心とした数多くの業績を通して、物理学、化学、量子情報科学など広範な分野における数理的な研究の基盤を確立し、さらに、数学の解析学の分野でも大きな貢献をした。現代の数理科学における巨人の一人である。
エリオット・H・リーブは、主に多体系の物理学における業績を通して、物理学、化学、量子情報科学における数理的な研究の基盤を確立し、数学の解析学の発展にも大きく貢献した。現代科学においてこれほど広範かつ基礎的な貢献をした研究者は稀有であろう。
この世界の多くの現象は量子力学によって理解可能となる。リーブの研究の一つの中心は、量子多体系、すなわち、量子力学に従う数多くの要素からなる系の数学的に厳密な解析である。多くの要素からなる系は、多彩な振る舞いを示し、実り多い数理的な研究の土壌となっている。
私たちの身の回りの物質は数多くの原子核と電子の集まりである。しかし、これら無数の極微の粒子が互いに引き合って「潰れて」しまわず安定な物質として存在することは実は自明ではなく、多体系の量子力学を駆使して初めて理解される。リーブは長年にわたり「物質の安定性」の問題を研究し、深く豊かな理論を創り上げた(1)。この研究は、リーブ-ティリング不等式と呼ばれる解析学の成果にもつながる(2)。これ以外にもリーブは解析学での多くの不等式を証明、改良しており(3, 4, 5)、純粋数学の観点からも高く評価されている。
リーブの量子多体系における研究には、量子化学計算において重要な密度汎関数法の数学的な基礎付け(6)、磁性相互作用の起源の解明、量子スピン系でのさまざまな基本的な結果の証明と解析手法の確立、「量子物質のトポロジカル相」の雛形を与えたAKLTスピン模型の提唱、多体ボース系の基底状態の解析など、枚挙にいとまがない。
リーブの量子系での研究成果は、量子コンピュータや量子暗号など次世代技術の基盤となる量子情報理論とも深く関わっている。中でも、リーブが純粋に数学的な興味から証明した量子エントロピーの強劣加法性(7)は、長い年月の後に量子情報理論の基礎となり、現在、この分野の教科書に必ず登場する。
物質の示す相転移や熱力学的性質を解明する統計力学の分野でもリーブの貢献は本質的である。氷を模した2次元モデルの厳密解(8)は、統計力学における可解模型の初期の代表例となり、また、残留エントロピーを持つ物質の理論研究の規範となった。この成果は、驚くべきことに、純粋数学における低次元多様体論にも影響を与えた。
以上の理由によって、エリオット・H・リーブに基礎科学部門における第38回(2023)京都賞を贈呈する。
参考文献
(1) Lieb EH et al. (2005) The Mathematics of the Bose Gas and its Condensation (Oberwolfach Seminars series, 34) Birkhäuser.
(2) Lieb EH & Thirring WE (1975) Bound for the Kinetic Energy of Fermions Which Proves the Stability of Matter, Phys. Rev. Lett. 35: 687–689. Errata 35: 1116 (1975).
(3) Lieb EH (1983) Sharp constants in the Hardy-Littlewood-Sobolev and related inequalities, Annals of Math. 118: 349–374.
(4) Brascamp HJ, Lieb EH & Luttinger JM (1974) A general rearrangement inequality for multiple integrals, J. Funct. Anal. 17: 227–237.
(5) Brascamp HJ & Lieb EH (1976) Best constants in Young’s inequality, its converse, and its generalization to more than three functions, Adv. in Math. 20: 151–173.
(6) Lieb EH & Oxford S (1981) Improved lower bound on the indirect Coulomb energy, Int. J. Quant. Chem. 19: 427–439.
(7) Lieb EH & Ruskai MB (1973) A Fundamental Property of Quantum-Mechanical Entropy, Phys. Rev. Lett. 30: 434–436.
(8) Lieb EH (1967) Residual Entropy of Square Ice, Phys. Rev. 162: 162–172.
プロフィールは受賞時のものです