Ching W. Tang
第35回(2019)受賞
材料科学
/ 化学者
1947 -
香港科技大学 IAS東亜銀行教授、ロチェスター大学 名誉教授
二層からなる有機EL素子構造を考案し、発光効率が高く、低電圧で動く素子を初めて実現するとともに、構成材料や素子構造の改良で、さらに性能を向上できることを示した。この先駆的貢献により、 有機EL素子の実用化の道が開かれ、これを用いた表示装置や照明機器の実現と普及がもたらされた。
1960年代、ある種の有機材料の表面と裏面の間に高電圧を加えると、電気的作用で発光する電流注入発光現象(EL:Electroluminescence)が見出され、自発光素子としての実用化へのさまざまな試みがなされた。しかし、電気から光への変換効率(発光効率)が0.1%ほどと低く、さらに、駆動に数十V以上の高電圧を要する難点も克服できず、実用化には至らなかった。
1987年、チン・W・タン博士は、2種類の有機分子の薄膜を積層化した新素子構造を考案・試作し、数Vの電圧で十分な電流が流れ、2枚の薄膜が接する界面近傍で効率よく発光することを実証し(1)、有機発光ダイオード、すなわち、有機EL素子の実用化の道を開いた。
タン博士が試作した有機EL素子は、正孔が電流を運ぶ性質を持つ正孔輸送型の有機分子(芳香族ジアミン)の膜と、電子が電流を運ぶ性質と発光性を兼備した電子輸送型の有機分子(アルミキノリン錯体:Alq)の膜からなる二層構造を用いた点に特色がある。芳香族ジアミン層を75nm、Alq層を60nmまで薄くすることで素子の電気抵抗を下げ、かつ、Alq層上に形成する電極にマグネシウムと銀の合金薄膜を用いることで安定的な電子注入を可能にした。この結果、数Vの電圧で正孔と電子は界面近傍で効率よく再結合し、1%を超す高い発光効率と化学的安定性の両立が実現した(1)。
さらに、タン博士は、二層が接する界面近くのAlq層中に色素をドープした発光層を挿入した多層構造を用いれば、発光効率が2倍ほど高まり、発光波長も制御できることも示した(2)。これらの研究が契機となり、有機EL素子に用いる新素材の開発や素子構成の最適化の研究が進み、発光効率や信頼性が飛躍的に改善され、有機EL素子が実用化され、テレビなどの表示装置、照明機器の広汎な普及が可能となった。
このようにタン博士は、有機材料の光電子物性の学術的研究を礎に、有機EL素子の発光効率の飛躍的向上に必要な材料設計指針と基本素子構造を世に先駆けて考案し、有機EL素子の実用化とその表示装置や照明機器への応用の道筋を示した。この業績は、材料科学と電子工学の両分野における画期的な成果であり、大きく社会に貢献した。
以上の理由によって、チン・W・タン博士に先端技術部門における第35回(2019)京都賞を贈呈する。
参考文献
(1)Tang CW & Van Slyke SA (1987) Organic electroluminescent diodes. Applied Physics Letters 51: 913‒915.
(2)Tang CW et al. (1989) Electroluminescence of doped organic thin films. Journal of Applied Physics 65: 3610‒3616.
プロフィールは受賞時のものです