Bryan T. Grenfell
第37回(2022)受賞
生物科学(進化・行動・生態・環境)
/ 集団生物学者
1954 -
プリンストン大学 キャスリン・ブリガー・アンド・サラ・フェントン生態・進化生物学および公共政策教授
感染症の時間的・空間的ダイナミクスをよみとく─ 疫学・進化学の視点から ─
2022年
11 /10 木
10:00配信スタート
会場:※今年はオンライン配信です。こちらの特設ウェブサイトでご覧になれます。
進化を考慮してRNAウイルス感染症の消長を予測する方法論「ファイロダイナミクス」を提案し、免疫動態・疫学・進化学を統合した研究分野の開拓・発展に貢献した。これらの成果に基づき、さまざまな感染症の感染メカニズムの理解や効果的な感染予防方針の提案に大きな役割を果たした。
病原体は、人類を含む多くの生物の生存を脅かす。脊椎動物は適応免疫を発達させ、一度感染して回復した宿主が同じ病原体にかかりにくくなる仕組みを持つ。他方で病原体は突然変異によって免疫の作用から逃れるように進化する。ブライアン・T・グレンフェルは、RNAウイルス感染症の消長を、ウイルス進化を考慮して予測する新しい方法論「ファイロダイナミクス」を2004年に提案し、免疫動態・疫学・進化を統合した研究分野の開拓・発展に貢献した。
ファイロダイナミクスの枠組みでは、伝統的な疫学モデルに加えて、宿主の免疫獲得の動態と、病原体の免疫回避の進化の両方を考慮することによって、パンデミックの発生頻度や周期性などを解析する。またRNAウイルスの種類によって感染拡大の動態や進化のパターンが大きく異なることを、免疫から逃れる進化(抗原シフト)の可能性の違いによって説明する。
グレンフェルは、もともとは野生動物の個体数変動を対象とした生態学の研究を展開していたが、研究対象を野生生物が罹患する感染症、さらにヒトのウイルス感染症へと拡大し、広範な感染症の動態を分析・予測する包括的な枠組みを構築することに成功した。まず、カオスを示す可能性のある非線形力学モデルと不確実性を含んだ長期時空間データを統合し、感染プロセスに関するパラメータを推定して信頼できる将来予測を行う方法論を開発した。また感染が空間的に波のように伝播する様を捉える手法を開発した。そして英国における、はしか感染者数の50年間におよぶ長期統計を使って、はしか感染者数の動態と空間的な広がりを解析した。以上の手法を、インフルエンザ・口蹄疫・デング熱などの様々な感染症データに適用することで、感染メカニズムの理解や効果的な感染予防方針の提案に役立ててきた。
新型コロナウイルスの出現後は、ワクチン接種とその効果の減衰を考慮したウイルスの進化・感染動態について研究を行い、新たな変異株の進化を防ぐための対策について数々の提言を行った。これら一連の成果は、野外生物の個体数変動の解析に対する地道な研究の積み重ねが、新型ウイルスによるパンデミックという人類の一大危機を乗り越えるための重要な鍵として結実したもので、生態学・進化学の基礎研究の有効性を示すものと言える。
以上の理由によって、ブライアン・T・グレンフェルに基礎科学部門における第37回(2022)京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです