Bruno Latour
第36回(2021)受賞
思想・倫理
/ 哲学者
1947 - 2022
パリ政治学院 名誉教授
自然、人間、実験装置などを等しくアクターと見なし、科学技術をそれらのハイブリッドなネットワークの作動と記述して科学観に新風を吹き込んだ。自然と社会の二元論に基づく「近代」を見直す哲学を展開し、地球環境問題への提言を含む多面的活動は分野を超えた影響を与えてきた。
ブリュノ・ラトゥールは、自然、人間、実験装置などを等しくアクターと見なし、科学技術(テクノサイエンス)をそれらの混成体(ハイブリッド)としてのネットワークの作動と記述して科学観に新風を吹き込むとともに、自然と社会の二元論を支柱とした近代のあり方を見直す哲学を展開し、近年は近代の限界を露呈している地球環境問題の克服に向けた思想でも注目を集める。
ラトゥールは、哲学と人類学の知見を基盤に、まず実験室内の科学者の営みについての参与観察を通じた民族誌的記述をスティーヴ・ウールガーとともにまとめ、科学人類学という新たな分野を切り拓いた。その成果をもとに、ラトゥールは1980年代に入ると、パリ国立高等鉱業学校イノベーション社会学センターにおいてミシェル・カロンやジョン・ローなどの研究者と協力して、科学技術の研究開発のありようを記述する社会学理論であるアクターネットワーク理論を展開した。そこでは科学知識の生産が、社会制度、研究費獲得、研究室運営、実験器具、実験試料など、研究者個人以外の活動や装置をもアクターとして含むハイブリッドなネットワークの作動という視座から記述される。これは、不活性な物質的自然と、それを操作し簒奪する人間精神(とその社会)を対置する近代の二元論的発想を前提とし、またそれを強化してきた科学技術の自己理解に変革をもたらすものであった。
近年は、地球環境問題が近代の二元論的構図の破綻を示す事例の典型であり、その解決には人新世という視点を真剣に受け止める必要があることを主張している。すなわち、人間という主体が働きかける客体としての「自然」や人間を取り巻く「環境」という、「人間」に偏極した概念こそ、環境問題や気候変動を引き起こしている近代に潜む二元論的な発想の延長線上にあると指摘し、我々が生きる地表数キロの薄膜としての生命圏という、人間のみならず動植物、風土、気象、モノなどさまざまな地上的存在が織りなす世界(テレストリアル)に定位した、新たな世界‐自然観に転換することによって、政治システム、社会システムを組み替えることが必要であると提言している。
人類学、哲学、社会学はもとより、広く経営学、地理学、政治学などの分野にも影響力を持つラトゥールは、こうした「テレストリアル」という世界‐自然観を多くの現代人と共有すべく、自然科学者やアーティストとのコラボレーションにも積極的に取り組んでいる。ラトゥールのこのような多面的活動は21世紀の新たな学問のあり方を予示し先導するものである。
以上の理由によって、ブリュノ・ラトゥールに思想・芸術部門における第36回(2021)京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです