Avram Noam Chomsky
第4回(1988)受賞
認知科学
/ 理論言語学者
1928 -
マサチューセッツ工科大学 教授
「生成文法理論」を提唱して、言語学の革命的大転回を引き起こし、これを通じて人間の精神構造を解明するという野心的なプログラムを可能にした。これにより認知科学の成立を鼓舞し、その基盤を与えた。
[受賞当時の対象分野: 認知科学(広く認知にかかわる科学)]
アブラム・ノーム・チョムスキー博士は、「生成文法理論」を提唱して言語学の革命的大転回を引き起こしただけでなく、これを通じて人間の精神構造を解明するという野心的なプログラムを可能にした。認知科学は人間の心の働きを研究することを目指す学問で、心理学、情報科学、言語学、脳生理学、哲学などの諸学の学際的協力によって築かれるべき新しい学問である。チョムスキー博士の理論は認知科学に一つの基盤を与えたものである。
チョムスキー博士以前の言語学は、事実の記述と分類によって、それぞれの個別言語がもつ固有の構造を調べることが主で、すべての言語に通ずる普遍性などを考えるのはむしろ邪道であるとされていた。言語は外部からの経験を通じて獲得されるものであると考えられ、その奥にある本質的な規則は無視されていた。チョムスキー博士は、多くの言語の見かけ上の差異と多様性の奥に、人間の言語すべてに共通の一般原理があると考えた。これは人間の種としての本性に根ざすもので、人間すべてに共通する生得的なものである。この共通の言語法則を研究することにより、言語の構造はもとより、人間の心の働き、すなわち人間の備えている生得的普遍的な理性そのものの構造を理解できると考えた。
チョムスキー博士の「生成文法理論」の体系はこうした考えのもとに構築された。これは言語の根幹をなす構文統語規則を、文章を生成する仕組みについての規則の体系として動的に捉えるもので、新しい科学的な言語理論を創り出した。博士は一方では、この生成文法理論を記号体系に関する厳密な数学理論として定式化した。この理論はオートマトンの理論および数理言語学となって、情報科学、とくにコンピューターサイエンスの発展の基礎となった。まさに、基礎科学の名にふさわしい、厳密で重厚な体系をもっている。
チョムスキー博士の理論の影響するところは、単に言語学や情報科学にとどまるものではなかった。これは認知科学の成立を鼓舞し、そのための基盤を与えた。もとより哲学に与えた影響も大きく、現代の思想の一つになっている。
博士はマサチューセッツ工科大学の教授として現在も精力的に活動を続けている。自分の提唱した一般理論をさらに精密化して、共通の普遍構造と諸言語に現れる文法の違いを説明するための「パラメータ理論」を提唱するなど、自分が築き、学界の主流となったこの分野の第一線で今も活躍している。一方では、ヒューマニズムの立場から平和活動を実践する真摯な知識人としても知られている。多くの人材を育て上げる一方、厳しい学問的態度を現在も堅持している。
博士の築いた体系は20世紀の科学・思想の一大記念碑である。博士はまさに世紀の巨人の名にふさわしい学者と言えよう。
プロフィールは受賞時のものです