第12回(1996)
1996年
11 /11 月
会場:国立京都国際会館
第12回(1996) 京都賞受賞者
講演テーマ
デジタル印刷術
講演要旨
本の各ページの美しさには、様々な意味で、そこに書かれている情報と同じ位に重要である。粗末に印刷された本よりも見事な仕上がりの本に、著者も誇りを持つことができるであろう。ですから、本の仕上がりが素晴らしいものになると分かれば、著者は良い本を書くように努力をするものである。 私は1962年に「The Art of Computer Programming」という本のシリーズを書き始め、1968年と1969年に第1巻が出版された。質の高いこの本の印刷技術は、19世紀に発明された機械によるものである。数十年間にわたる改良は、これらの機械が科学技術書の出版のニーズに如何に見事に答えたかを表している。 しかし、その機械も1970年代には時代遅れとなった。出版社は数学関係以外の本は別として、もはや1960年代の品質に匹敵するものをつくる余裕がなくなったのである。なぜなら、数学関係の本はそれに見合う採算がとれなかったからである。その結果、出版社に私の本の再販を初版と同じ品質で仕上げてもらうことはできなかった。 私の落胆はこの問題がコンピュータプログラミングによって解決できるということがわかるまで続いた。この講演で私は、書物印刷のすべてを数式で定義する方法の開発に費やした9年間の冒険についてお話したい。この研究の結果、著者は今や、将来印刷技術が変わっても、本の仕上がりはそれに左右されることはないと確信することができるようになった。
講演テーマ
ある科学者の形成
講演要旨
ジーンターゲティング(標的組み替え)法の利点は、どの遺伝子に修正を加えるか研究者が選択できるという点、さらにはその遺伝子のDNAの配列をどのように変更するかを事実上完璧にコントロールすることができるという点である。 この技術により、生きたほ乳類の遺伝子の機能評価や、発達や学習といった最も複雑な生物学的プロセスを系統的に解明することができる。ほぼ全ての生物学的現象は遺伝子が仲介しているので、この技術はほ乳類のガン研究、免疫学、神経生物学、人間の先天的疾病といった諸現象の分析に新たなる道を拓くことになろう。 本講演では、私達がこの技術の開発にどのような貢献をしたかということを紹介し、同時に私の科学者としての歩みに影響を与えたいくつかの個人的体験も折り込んで話したいと思う。
講演テーマ
思想の明晰な簡素化
講演要旨
子供の頃地図に興味を持っていたため、構造と精密さを好むようになり、また世界に対する好奇心を持つようになった。数学が得意になり、また言語と哲学にも関心を持つようになった。大学では数学を専攻し、数理論理学で優等の成績をとった。この科目はアメリカでは人気がなかったが、ゲーデルの定理とコンピューター理論のおかげで一躍脚光を浴びることになった。ホワイトヘッドとラッセルは、数学をいくつかの論理記号と集合論に還元したが、私はその厳格さと簡素さに魅せられた。タルスキーやゲーデルと同じく、私はそれを強めさえした。 概念を定義によって還元するとともに、ホワイトヘッドとラッセルは定理を公理に還元した。すると、矛盾におちいる恐れが生じる。これは、それ自身ではない成員によってのみ成り立つ集合というラッセルの逆説にみられる。彼の解決は、文法を複雑化し、数学の対象を無限に倍加させることになった。私は彼の解決から、これらの欠点を取り除いた。これは体系を強化したが、再び矛盾を生じる恐れを招いた。しかしこれまでに矛盾は発見されていない。 こうした逆説とゲーデルの定理は、初等論理学と比較した場合の集合論の力を明らかにする。数学が論理学に還元されるという言い方は誤解を招く恐れがある。論理学と集合論に還元される、と言うべきである。 集合やその他の抽象的な対象を仮定するのを好まない人もいる。しかし、対象を仮定するというのはどういうことなのであろうか。それは直接に指定するのではなく、指定された種類の指定されない対象を、繰り返し指示するということである。これにより、科学に構造が与えられる。科学は集合を必要とするが、属性や意味は必要としない。これらには、同一性と相違について困難な点がある。 私は人生のなかばで、論理数学上の研究を一応完結させ、関心を自然科学の哲学に向けるようになった。しかし自然科学やその哲学でも、「思想の明晰な簡素化」が私の指針である。