第11回(1995)
1995年
11 /11 土
会場:国立京都国際会館
第11回(1995) 京都賞受賞者
講演テーマ
液晶に生きたわが人生—それはいかに人類に貢献したか
講演要旨
受賞者は、まず1995年度の京都賞先端技術部門受賞を知らされた時の喜びと誇りを話し、同時に、必然的にこの高い栄誉を受けるに値するかどうか、いささか疑問を抱いたことを語っている。それは、自身が多くの過ちを犯してきたことを自覚しているからである。 本年の受賞者が、聴衆の中の他の誰かではなく、なぜ自分なのかということを分析している。結論としては、自分の知識、教育、訓練と、早い時期に父親から受けた強い影響に負うところが大きい。偶然的な要素が非常に重要な役割を果たしている。それは人々との出会いやいくつかの出来事、さらには、表示技術の研究において、2つの重要な発明、つまり自分の発明と他の人物の発明のなされた時期が、幸運にも一致したということである。 技術的な講演ではないにせよ、ある1人の科学者の経歴を業績を説明するためには、いくらか科学的な内容を交えざるをえない。また、科学者は自らの専門分野について一般人に伝えるべく、真剣な努力をすることが重要である。科学者と一般人、豊かな者と貧しい者の間の壁を破るためのコミュニケーションと教育の重要性は、いくら強調してもし過ぎることはない。受賞者は、簡単な用語とアナロジーを用いて、液晶について簡潔に説明し、また、液晶が重要である理由を、そのエレガントな二重性、つまり流動性を持った秩序という観点から説明する。特にネマティック液晶の優れた光学的特性を論証する。 タイミングよく殆ど同時に発見された(1)ツイステッド・ネマティック・デバイス(ねじれネマティック方式)及び(2)室温で安定な液晶を説明し、この材料の発見が、初期の基礎研究で確立された、しっかりとした知識に基づいていることを強調している。このような基礎研究を注意深く育てなければならない。もちろん、こうした材料をフルに活用する技術は、他のグループとの相互協力に依存している。その全体的な結果として、今や大きな富をもたらしている液晶電気光学ディスプレイ産業の確固たる基礎が与えられた。 情報産業の分野全体と社会への影響の大きさのために、受賞者の業績はいつまでも注目されるであろう。しかし、40年を越える自分の研究からは、他にも重要な成果が生まれている。そうしたことの結果が、国際的な評価、更に「液晶の父」という尊称につながったのである。 受賞者は、現代の若い人々が成功するためのいくつかの条件について述べた後、京都賞を設立され、受賞者の生涯の記念となる式典を開いて下さった稲盛理事長のビジョンと哲学に改めて敬意を評して講演を締めくくっている。
講演テーマ
私と宇宙物理学—研究の動機、方法、輪郭—
講演要旨
私はこれまで、主として、宇宙物理学の理論的研究を続けてきた。この機会に、過去を振り返って、私がどのようにして物理学を選択し、さらに宇宙物理学を専攻するようになったか、どのような研究のテーマを選んで、どのような方法を用いて研究を遂行したか、また、どのような結果を得ることができたか、などについてお話する。 私が一貫してとってきた研究の方法は、実証された物理学の基礎法則に基づいて、宇宙や種々の天体の進化過程を解明することだった。この基礎法則としては、量子力学や統計力学のようなミクロの法則と、ニュートンの重力理論や一般相対論のようなマクロの法則がある。天体の内部で起こるミクロな過程と天体全体としてのマクロな過程は、互いに強く影響し合っている。天体の進化の研究は、このような二つの過程の時間的変化を追求することにほかならない。 私のこれまでの研究のテーマを大別すると、ビッグバン宇宙初期の元素の合成、赤色星の内部構造と核融合による星の進化、地球などの惑星がどのようにして生まれたかという太陽系の起源の三つになる。以上のテーマのそれぞれについて、私が研究を始める以前の歴史的状況と、私が進めてきた研究の概要をお話しする。 まず、宇宙初期の元素合成は、初期の高温時に存在した陽子と中性子から、その結合によって、どれだけの量のヘリウムがつくられ、どれだけの量の陽子が水素として残ったかという問題である。つぎに、赤色巨星の構造については、温度と密度の分布の様子が太陽とは非常に違っていることをお話しする。最後に、太陽系の起源については、原始的な太陽系星雲のなかで、まず、ガスとダストが分離し、ダストの集積によって微小惑星が生まれ、さらに、その集積によって固体の惑星が形成されるという多段階の過程を概観する。
講演テーマ
1961年からの創作人生を振り返って
講演要旨
私はこのスライド・プレゼンテーションにおいて自分の残してきた作品の思想の進化のいくつかを取り上げ、ひとつの制作が次の作品創造をいかに導きだしてきたのかについてお示ししようと思う。また同時に個々の作品の趣旨や意味についてもコメントしたい。 さて、スライドはまず58年のドナルド・ダックやミッキー・マウスなどのドローイングから入る。すなわちこの時期のペインティングがすでに失われてしまっているからである。次いで61年の最初のポップ・ペインティングである「ルック・ミッキー」をご紹介し、さらに60年代初期の作品のいくつかについて、漫画を主題にした理由やその狙い、さらに限定的でシンプルな色彩、ドット(印刷の網点)を描いてゆくいくつかの手法についてお話しする。 また「ターキー」や「ゴルフ・ボール」「コンポジション」などの64年頃までのオブジェ的作品、さらに63年頃から始めたピカソなどのモダン・マスターズの作品主題からの引用、65年からの「ブラッシュ・ストローク」シリーズへと展開する。 続いて70年代の幾何学的作品とミニマル・アートとの関係、あるいはマティスなどの巨匠の作品や自分の過去の作品の引用の例、また70年代後半のシュールレアリスティックなどの作品、あるいは「だまし絵」的な手法の連作などを紹介する。これらの立体派、未来派、表現主義などからの引用の手法やその理由などを述べつつ、90年代の室内のシリーズやごく最近の作例へと話が及ぶ。 このように60年代から現在に至る50点余りのスライドを通して、私が「作品の中で」伝えようとした意味についてお話しすることにより、私の作品における思想の推移や各作品の関連についてご理解いただけると思う。