第36回(2021)
科学の発展と人類の精神的深化に卓越した貢献をされた、京都賞受賞者の方々のお話を間近で聴くことができる講演会です。 研究内容・業績についてはもちろん、「人生観」「価値観」「考え方」など、受賞者の方の人柄に触れられる、貴重な機会です。 今回は新型コロナ感染の拡大防止のため、オンラインで動画を配信します。ぜひご覧ください。
2021年
11 /10 水
10:00配信スタート
会場:※今年はオンライン配信ですこちらの特設ウェブサイトでご覧になれます。
第36回(2021) 京都賞受賞者
講演テーマ
コンピュータ科学の世界を旅して
講演要旨
記念講演では、私のコンピュータ科学での旅について簡単にお話ししたいと思います。それは、1970年代に若い物理学者が、『不思議の国のアリス』の主人公のようにコンピュータ科学の世界に迷い込み、長く不思議な旅を続けていく物語です。 私は1946年に中国の上海で生まれ、その後、家族と共に香港、台湾へと移り住みました。家庭での教育のおかげで、中国の伝統的な価値観が身につき、学問と文化を愛する気持ちが育まれました。私は、数学や科学や歴史が大好きな子どもでした。科学の世界で繰り広げられる冒険と英知、そして勇気の物語に、私は、歴史と同じように畏敬の念を抱き、荘厳さを感じるようになりました。そしてなんと、科学に一生を捧げる夢を見たのです。 1972年にハーバード大学で物理学の博士号を取得した私は、コンピュータ科学という、当時はまだ「目新しかった」学問に巡り会いました。たちまちその虜になった私は、研究分野を変える決心をして、二つ目の博士号を取得したのです。 当初、私は、最小全域木やB木(計算機科学におけるデータ構造の一つ)など、アルゴリズムの未解決問題に取り組んでいましたが、1975年以降は、計算の新たな枠組みや理論に興味を持つようになりました。ほとんどの場合、研究は、強く興味を引かれる問題を見つけるところから始まります。実際に私は、正しい疑問を持つことが、しばしば優れた研究の決め手になると信じるようになりました。 今回の講演では、私の業績の一端を簡単にご紹介するために、三つのテーマについてお話しさせていただきます。それは、ミニマックス複雑度(通称「ヤオの最小最大原理」)、通信複雑度、そしてマルチパーティ計算による秘密計算です。また、量子計算、オークション理論、そしてAIについても少し触れさせていただくつもりです。喜ばしいことに、これらの業績は、時の試練に耐えて今も高い評価をいただいているようです。と言いますのも、今もなお、それらは研究者の大きな関心を集め、時には、実際に影響を与えることすらあるのですから。 ご紹介した研究テーマが多種多彩にわたっていることが、この50年間の情報科学の発展と、学際的な連携の拡大を象徴していることは紛れもない事実です。 要約しますと、私のコンピュータ科学での旅は、紆余曲折はあったものの、実に素晴らしいものでした。その途中で、私は多くの才能豊かな人たちに出会い、多くの素晴らしい友人を得ました。私にとって特に幸運だったのは、グラショー教授とクヌース教授という2人の師と出会い、刺激を受けたことです。お二人は、科学分野の大家(たいか)であると同時に、誰よりも親切で心優しい方々でもあるのです! ( )内は稲盛財団による補注
講演テーマ
動物細胞における転写制御:因子とメカニズムの織りなす宇宙を旅した50年
講演要旨
私は農場で育ち、そこで生涯過ごすものと思われていたので、科学に触れる機会はほとんどありませんでしたし、高等教育を受けることについて家族の援助があったわけでもありません。しかし、強い意志と勤労という両親が育んでくれた価値観のおかげで、幸いにして私は大学での学業を修め、生化学の博士号を取得し、研究職を得て生物科学の分野で刺激的な研究を夢中で続けてこられたのです。 私は、大学・大学院・ポスドク時代の先生方の影響で、正常なヒトの発生や生理学(および関連する病理学)にとって根本となる遺伝子の発現調節について、転写(RNAポリメラーゼによってDNAをRNAに写し取ること)という段階に注目しました。1959年に初めて、内因性RNAポリメラーゼの活性がラット肝臓の細胞核で同定されましたが、その後はより大量なバクテリアの酵素に焦点が当てられており、そのRNAポリメラーゼは1969年に精製され、遺伝子プロモーターおよび遺伝子特異的制御因子と直接相互作用することがわかっていました。しかし、後ほどご説明するとおり、また私自身の生化学研究を通じて明らかになったように、真核生物(ヒトの場合、約20,000の遺伝子がある)の転写とその制御機構は、はるかに複雑でした。主な発見をご紹介します。 (1)1969年、真核生物における細胞核RNAポリメラーゼ(Pol)I、II、IIIの同定――「エウレカ!」の瞬間、(2)それらの、それぞれ別の遺伝子を特異的に転写する機能とサブユニット構造、(3)コアプロモーター認識および転写開始前複合体への会合を促進するポリメラーゼごとの基本開始因子群、(4)真核生物での遺伝子特異的転写活性化因子の最初の例(TFIIIA)、および、原核生物とは異なりTFIIIAが部位特異的にプロモーターに結合して基本開始因子を誘導し、さらにポリメラーゼを誘導するという機構、(5)基本および遺伝子/細胞特異的転写活性化補因子(活性化因子との直接相互作用に関する機構も含む)、(6)一般的な転写抑制機構――プロモーターをヌクレオソーム内へ包含――これによりPol IIとその開始因子が細胞特異的遺伝子を無差別的に転写できてしまうことを抑制、(7)ヒストンアセチル基転移酵素による転写活性化因子とヒストンの機能的修飾、(8)試験管内において、転写抑制型クロマチンからの転写におけるヒストン修飾の必須の(必然の)役割――(生体内との相関から)想定されていたヒストン修飾の転写における役割の正式証明、(9)転写抑制型組換えクロマチン鋳型からの転写を行い、類のない転写メカニズム研究を可能にした生化学的実験系(精製Pol II、基本開始および伸長因子、活性化因子、活性化補因子による)。 これらの発見は、真核生物の転写にかかわる予想以上に複雑な機構について重要な知見をもたらし、現在に至る後続の他手法による転写制御研究の基礎となりました。また、われわれの健康維持や疾患治療における遺伝子制御の重要性に深い意味を持っています。
講演テーマ
コスモロジーの転換にどう向き合うか
講演要旨
これまで科学史家は、西洋人が名付けた「科学革命」の英雄版を改訂する術を身に着けてきました。また英雄物語を複雑化する手法をいくつも見出してきました。しかしながら、ヨーロッパの人々が16世紀から18世紀にかけてコスモス(宇宙)の新たな定義や、人間と非人間に対するエージェンシーの新たな分布に対処しなければならなかったというのもまた変わらぬ事実であります。こうしたコスモロジーの転換をヨーロッパの人々がどのように理解したのかが、(多くの但し書きをつけて)「発明発見の時代」と呼ばれた時代になぜ彼らが他者文化の扱い方に対する理解を大きく欠落させていたのかを部分的に説明します。ヨーロッパの人々は当時、コスモスの表象をめぐる転換を乗り越えなければならなかったのです。 さて、いま私たちが生きる時代もそうした時代に類似しています。ただ前回とは違って今回は、無限の宇宙を発見するのでも、繁栄や発展のための資源拡張の可能性を――つまり20世紀のグローバル世界の普遍的駆動力となったものを――見出すのでもありません。むしろ地化学者が「クリティカル・ゾーン」と呼んだ、それ自体制限が多く壊れやすくまた脅かされてもいる地球のある領域を発見するのです。それは地球生命体が何十億年を掛けて変貌させてきた極小領域です。 興味深いのは、「近代」という考え方に慣れ親しんだ西洋人がいま経験している衝撃が、少なくともルネッサンス期に私たちの祖先が耐え忍んだ衝撃よりもずっと大きいことです。とくにそれが、「自然」との間に私たちの祖先が築いた関係だけでなく進歩や繁栄への欲動に至るまでを、その極めて深いレベルに至るまでを大きく変更することだったためです。その上、初期に生じた開発の相対的成功がグローバル化したすべての国家を植民地化し終えたまさにその時点で変更が起きました。そうした状況はしばしば「エコロジー」問題として描かれ、また経済的問題、社会的問題との比較から、かなり周辺的な問題と位置づけられてきました。それを本講演では、コスモロジーの転換と定義すべきだと主張します。また転換に耐えるために、科学的能力、法律的能力、芸術的能力、宗教的能力のすべてを混合できるのでなければならないと論じます。 (訳:川村久美子)
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