Robert G. Roeder

第36回(2021)受賞

基礎科学部門

生命科学及び医学(分子生物学・細胞生物学・システム生物学等)

ロバート・G・レーダー

/  生化学者・分子生物学者

1942 -

ロックフェラー大学 アーノルド・アンド・メイベル・ベックマン生化学・分子生物学教授

記念講演会

動物細胞における転写制御:因子とメカニズムの織りなす宇宙を旅した50年

2021年

11 /10

10:00配信スタート

会場:※今年はオンライン配信です
こちらの特設ウェブサイトでご覧になれます。

業績ダイジェスト

真核生物の遺伝子転写メカニズムの原理解明

50年以上にわたる研究で、RNA ポリメラーゼ群、基本転写因子群や特異因子の最初の例など、  転写に関わる多くの因子、各々の機能、クロマチンでの転写制御を発見してきた。それらの成果を通じて真核生物における転写制御機構の原理を解明し、生命科学の発展に大きく寄与した。

[受賞当時の対象分野: 生命科学(分子生物学・細胞生物学・神経生物学)]

贈賞理由

ロバート・G・レーダーは、動物細胞でDNAからRNAへの転写開始に関わる一連の因子群を同定し、各々の働きを明らかにすることで、真核生物の遺伝子発現制御の原理を解明し、現代の生命科学研究の基盤を構築した。

レーダーは、試験管内で転写反応を再現する「無細胞再構築系」を用い、1969年に真核生物の転写を担うRNAポリメラーゼには、I、II、IIIの3種類(Pol I、Pol II、Pol III)があることを同定した(1)。ついで1974年にかけ、Pol Iは28S、18S、5.8SリボソームRNA(rRNA)などの前駆体RNAを、Pol IIはmRNA前駆体を、また、Pol IIIは5S rRNAやtRNAを転写することを解明した(2,3)。さらに、精製した各RNAポリメラーゼとさまざまな細胞核抽出物画分を組み合わせることにより、RNAポリメラーゼは基本転写因子群と呼ばれるそれぞれに特有の多数のタンパク質と相互作用して基本転写開始装置を形成し、それらがプロモーターと呼ばれる領域を認識して転写反応が始まることを示した(4–9)。

真核細胞が環境に応じて特異的に遺伝子や遺伝子セットの転写を活性化するためには、基本転写開始装置に加え、遺伝子特異的転写因子と呼ばれる因子が必要である。レーダーは、5S rRNAの特異的転写誘導因子としてTFIIIAを同定し、TFIIIAが基本転写開始装置複合体とPol IIIを5S rRNA遺伝子に引き寄せて転写を活性化させる機構を明らかにした(10, 11)。これは遺伝子特異的転写因子の働きについて先鞭をつけた研究で、現在では数百を超えるそれらの存在が明らかになっている。さらにレーダーは、遠位のエンハンサーに結合した遺伝子特異的転写因子とプロモーターに位置する基本転写装置は、メディエーターという多タンパク質複合体により繋がれて特異的な遺伝子の転写開始に働いていることを哺乳類細胞で明らかにし、その機能を実証した(12, 13)。

真核細胞ではDNAは、核タンパク質ヒストンの8量体に巻きついてヌクレオソームという単位構造をとり、これが連なりクロマチンを形成している。レーダーはこのクロマチンでの転写制御に研究を進め、転写開始にはヌクレオソーム形成以前にプロモーターへの基本転写因子複合体の結合が必要であること、プロモーター領域でのヌクレオソーム形成は基本転写因子の結合を阻害することを発見した(14, 15)。ついで、このクロマチン構造DNAからの転写にはヒストンアミノ末端尾部の修飾が必須であることをも再構成系で明らかにし(16)、2006年には不活性クロマチンから転写を開始、伸長させるための80以上のポリペプチドからなるシステムの構築に成功した(17)。

このように、レーダーは、50年以上に及ぶ不断の転写研究において、RNAポリメラーゼ群、基本転写因子群、特異的転写活性化因子とその働き、クロマチンでの転写制御を発見して、真核生物での転写制御機構の原理を解明、生命科学の発展に大きく寄与した。

以上の理由によって、ロバート・G・レーダーに基礎科学部門における第36回(2021)京都賞を贈呈する。

参考文献
(1) Roeder RG & Rutter WJ (1969) Multiple forms of DNA-dependent RNA polymerase in eukaryotic organisms. Nature 224: 234–237.
(2) Weinmann R & Roeder RG (1974) Role of DNA-dependent RNA polymerase III in the transcription of the tRNA and 5S RNA genes. Proc Natl Acad Sci U S A 71: 1790–1794.
(3) Weinmann R, Raskas HJ & Roeder RG. (1974) Role of DNA-dependent RNA polymerases II and III in transcription of the adenovirus genome late in productive infection. Proc Natl Acad Sci U S A 71: 3426–3439.
(4) Sklar VE et al. (1975) Distinct molecular structures of nuclear class I, II, and III DNA-dependent RNA polymerases. Proc Natl Acad Sci U S A 72: 348–352.
(5) Parker CS & Roeder RG (1977) Selective and accurate transcription of the Xenopus laevis 5S RNA genes in isolated chromatin by purified RNA polymerase III. Proc Natl Acad Sci U S A 74: 44–48.
(6) Weil PA et al. (1979) Selective and accurate initiation of transcription at the Ad2 major late promotor in a soluble system dependent on purified RNA polymerase II and DNA. Cell 18: 469–484.
(7) Matsui T et al. (1980) Multiple factors required for accurate initiation of transcription by purified RNA polymerase II. J Biol Chem 255: 11992–11996.
(8) Lassar AB et al. (1983) Transcription of class III genes: formation of preinitiation complexes. Science 222: 740–748.
(9) Horikoshi M et al. (1989) Cloning and structure of a yeast gene encoding a general transcription initiation factor TFIID that binds to the TATA box. Nature 341: 299–303.
(10) Engelke DR et al. (1980) Specific interaction of a purified transcription factor with an internal control region of 5S RNA genes. Cell 19: 717–728.
(11) Ginsberg AM et al. (1984) Xenopus 5S gene transcription factor, TFIIIA: characterization of a cDNA clone and measurement of RNA levels throughout development. Cell 39: 479–489.
(12) Meisterernst M et al. (1991) Activation of class II gene transcription by regulatory factors is potentiated by a novel activity. Cell 66: 981–993.
(13) Ito M et al. (1999) Identity between TRAP and SMCC complexes indicates novel pathways for the function of nuclear receptors and diverse mammalian activators. Mol Cell 3: 361–370.
(14) Workman JL & Roeder RG (1987) Binding of transcription factor TFIID to the major late promoter during in vitro nucleosome assembly potentiates subsequent initiation by RNA polymerase II. Cell 51: 613–622.
(15) Workman JL et al. (1988) Transcriptional regulation by the immediate early protein of pseudorabies virus during in vitro nucleosome assembly. Cell 55: 211–219.
(16) An W et al. (2002) Selective requirements for histone H3 and H4 N termini in p300-dependent transcriptional activation from chromatin. Mol. Cell 9: 811–821.
(17) Guermah M et al. (2006) Synergistic functions of SII and p300 in productive activator-dependent transcription of chromatin templates. Cell 125: 275–286.

プロフィール

略歴
1942年
米国インディアナ州ブーンビル生まれ
1969年
ワシントン大学(シアトル) 生化学博士
1969–1971年
ワシントン・カーネギー協会(現カーネギー研究所) 発生学部門 博士研究員
1971–1975年
ワシントン大学医学大学院(セントルイス) 助教
1975–1976年
ワシントン大学医学大学院 准教授
1976–1982年
ワシントン大学医学大学院 教授
1979–1982年
ワシントン大学医学大学院 ジェームズ・S・マクドネル生化学遺伝学教授
1982年–
ロックフェラー大学 生化学・分子生物学研究室 教授
1985年–
ロックフェラー大学 アーノルド・アンド・メイベル・ベックマン教授
主な受賞・栄誉
1995年
ルイス・S・ローゼンスティール賞、ブランダイス大学
1995年
パサノ賞、パサノ財団
1999年
ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞、コロンビア大学
2000年
ガードナー国際賞
2001年
ディクソン賞医学部門
2002年
ASBMB-メルク賞、米国生化学・分子生物学会(ASBMB)
2003年
アルバート・ラスカー基礎医学研究賞
2012年
オールバニ・メディカルセンター医学・生物医学研究賞
2016年
ハーバート・テイバー研究賞、ASBMB
2018年
ハワード・テイラー・リケッツ賞、シカゴ大学
2019年
貝時璋国際賞、中国生物物理学会
会員
欧州分子生物学連合、米国科学アカデミー、米国科学振興協会、米国芸術科学アカデミー

プロフィールは受賞時のものです