John Cage
第5回(1989)受賞
音楽
/ 作曲家
1912 - 1992
「偶然性の音楽」をもって、伝統的な西洋音楽に非西欧的音楽思想や音楽表現による大きな衝撃を与えるとともに、その音楽表現を現代音楽の主要な様式の一つに定着せしめ、終始、現代作曲界の最尖鋭部分の牽引力として自己変革の先頭に立ち、音楽家のみならず、舞踏家、詩人、画家、彫刻家、写真家など広い分野の芸術家に大きな影響を与えた現代アメリカを代表する作曲家である。
[受賞当時の部門: 精神科学・表現芸術部門]
ジョン・ケージ氏は、20世紀のアメリカを代表する作曲家であるが、いまや世界的な存在である。
ケージ氏は、西洋音楽の世界の反逆児として1950年代の初めに彗星のようにデビューしたが、氏の出現とともにヨーロッパの音楽が一瞬にしてことごとく過去形の存在に変わったことは事実である。様式と作法とで厳しく仕切られ、音楽を人間の情感やロマンの従者としてだけ位置づける過去のやり方は、ケージ氏によって根本的に否定されることになった。
それでいて、ヨーロッパ文明の保守的な風圧に、ケージ氏は決して敗れはしなかったのである。20世紀の芸術のなかに、ケージ氏は、時代の精神を先取りする予言者であった。
氏の「偶然性」の音楽は以後、現代音楽の主要な様式のひとつとなって定着した。また、氏の行う「パフォーマンス」は、音楽とは元来、身振りや行為を伴うものであることを改めて人々に想起させ、その面でも第二次大戦後の作曲様式に多大の影響を与えた。
演奏以外の音のハプニングを予定した音づくりは、ひいては「サウンドスケープ」論のような裾野の広い音の思想にまでつながっていった。作曲家があらゆる音を支配し、そして聴衆は作曲家の知的な作業の追体験を強いられるという窮屈な音楽は、ケージ氏にとって無意味なことであった。バイオリンやフルートなどの古典的楽器だけが音楽を生むという通念も、氏にとってはナンセンスであった。音は自由に存在し、自由を意味し、そして自然音こそが音でなくてはならなかったのだ。
ケージ氏は、一時シェーンベルクについて十二音音楽を学び、その影響を反映した作品もある。しかし、インド音楽の思想や、鈴木大拙からの禅の影響を受け、次第に非西欧的な境地に向かった。禅だけでなく、易経など中国古典思想を深く学んでもいて、そこで合理主義的な予定調和の論理を否定する別の「現実」感覚を体得することにもなった。
ケージ氏の創造活動と芸術観は、まさに文化革命であった。それは、単に音楽の面での革命というよりは、思想革命であり、精神革命でもあった。だからこそ、ケージ氏の影響力は、音楽界の壁を超えて文化や思想の様々な領域に広く及ぶことになった。
このように、ケージ氏は、第二次世界大戦後の西洋音楽の自己変革の先頭に立ち、終始、作曲界の最尖鋭部分の牽引力であり続けてきている。その意味で、20世紀音楽を代表する音楽家として、京都賞を受けるにふさわしい存在であるといえよう。
プロフィールは受賞時のものです