[受賞当時の対象分野: 哲学・思想]">[受賞当時の対象分野: 哲学・思想]">
Paul Ricœur
第16回(2000)受賞
思想・倫理
/ 哲学者
1913 - 2005
パリ大学 名誉教授、シカゴ大学 名誉教授
反省哲学の伝統に立ちつつ、解釈学的現象学の方法を革新して、神話、聖書解釈、精神分析、隠喩論、物語論と幅広い具体的な領域でテクスト解釈学を展開し、フランスのみならず、英米の哲学界にも大きな影響を与えた。
[受賞当時の対象分野: 哲学・思想]
リクール教授は、西洋の長い哲学的伝統に立ちつつ、解釈学的現象学の方法を革新し、それまでの哲学が扱わなかった幅広い諸領域、すなわち神話、聖書解釈、精神分析、隠喩論、物語論にまでテクスト解釈学を適用して、現代哲学に新たな局面を切り開いた。
教授は戦後、現象学と実存哲学の研究から出発し、『意志の哲学』(1950‐60年)という総題のもとに『意志の形相論』『意志の経験論』『意志の詩学』を構想して、デカルトに始まる反省的主体の働き、「私は考える」(コギトー)の意味を全面的に回復することをめざした。その後、精神分析の成果や英米分析哲学の手法を取り入れ、かつて自ら研究したフッサール現象学に内在する観念論的傾向を是正し、精緻な「解釈学的現象学」に立った独自のテクスト解釈理論を形成し、その成果である『生きた隠喩』(1975年)では、隠喩がただ単に文学理論の問題であるばかりでなく、人間の在り方そのものに根ざした本来的現象であることを論証した。また、『時間と物語』全3巻(1983‐85年)では、人間が行動の諸条件を時間のなかで筋立てていく歴史的存在であることを明らかにするとともに、哲学的な時間論の可能性についての考察を深めた。さらに、『他者のような〔あるいは、他者としての〕自己自身』(1990年)では、他者に開かれた「自己」を正当に承認する作業を通じて、「正しい制度において、他者のために、他者とともに善く生きること」を目標とする倫理学を構築し、他者を忘れた自我中心主義的閉塞状況にあった現代倫理学に新たな息吹を与えた。
このような画期的業績をふまえたリクール教授の哲学は、一言にして人間的生を通しての「意味創造の哲学」と言える。その哲学は、一方ではディルタイ以来の解釈学、フッサール以来の現象学の伝統に結びつきながら、他方で現代の言語哲学や文学理論との対話を切り開く理論を展開して、哲学のみならず、広く人文科学の領域全体にも大きな影響を与えてきた。哲学の使命は諸科学の総合にあるという本来的理念にたえず立ち帰り、その成果を意欲的に取り入れつつ、言語による実在の記述という哲学の伝統的主題に、文学や歴史といった言説の多様性を尊重しながら接近するリクール哲学は、来るべき世紀の新しい知の可能性を開拓するものである。
よって、リクール教授に思想・芸術部門の2000年京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです