Charles Margrave Taylor
第24回(2008)受賞
思想・倫理
/ 哲学者
1931 -
マギル大学 名誉教授
「全体論的個人主義」の立場から「共同体主義」と「多文化主義」を唱え、歴史・伝統・文化を異にする人間同士が、複合的アイデンティティを保持しつつ幸福に共存しうる社会哲学を構築し、人類社会の進むべき方向を自らの人生を通して示してきた。
チャールズ・マーグレイヴ・テイラー博士は、「全体論的個人主義」の立場から、「共同体主義」と「多文化主義」を唱え、歴史・伝統・文化を異にする人間同士が、複合的アイデンティティを保持しつつ、幸福に共存しうる社会哲学を構築し、その実現に向けて努力してきた傑出した哲学者である。
博士は、原子論的な人間観や自然主義的な人間科学を批判し、現象学・解釈学や言語ゲーム論を基盤に「哲学的人間学」を立て、人間は価値と目的とをもって行動する「自己解釈する動物」と定義する。博士は、近代の功利主義哲学を批判し、人間は共同体のなかで他者との会話を通じてアイデンティティを確立し、善なること、価値あること、為すべきこと、賛同・反対することを自己決定する枠組みを獲得していく存在であり、社会関係に埋め込まれた自己だとする。
博士は、優れたヘーゲル研究を成し遂げ、ルソーやヘルダーの思想を掘り起こし、またガダマーの「地平の融合」や「影響作用史」の思想を導入することにより歴史的文脈のなかに自己の思想を位置づけ、説得力のある社会理論を構築した。重要なのは「承認」の概念であり、それをもとに、「独白的自己」に「対話的自己」を対置し、「絶対的自由」に代えて「状況内の自由」を提示する。そして、人間は他者からアイデンティティを承認されることによってのみ善く生きられること、個人の自律を重視するリベラリズムを実現する条件として、共同体の絆が重要であり、共同体意識が不可欠であることを主張するのである。
テイラー博士の「多文化主義」の基礎にも「承認」概念がある。博士は深い多様性を生きる人間の尊厳と、その承認の要求に正当な根拠を与えた。
博士はまた出身国カナダの政治にも関わりながら、グローバルな価値を追求し、欧米中心主義からの脱却も試みている。博士が一貫して志向してきたのは相互承認に基づく社会であり、各人が対話を通じてよりよき理解をめざす社会である。テイラー博士は、多様な異質の文化の承認に基づく共存に未来を託し、人類社会の進むべき方向を、自らの人生を通して示してきた、卓越した思想家である。
以上の理由によって、チャールズ・マーグレイヴ・テイラー博士に思想・芸術部門における第24回(2008)京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです