Anthony James Pawson
第24回(2008)受賞
生命科学及び医学(分子生物学・細胞生物学・システム生物学等)
/ 分子生物学者
1952 - 2013
マウントサイナイ病院サミュエル・ルネンフェルド研究所 特別上級研究員、トロント大学 ユニバーシティ・プロフェッサー
シグナルタンパク質に特徴的なアダプター構造が存在し、アダプターを介したタンパク質の会合が細胞内シグナルの連鎖カスケードを誘導し細胞の増殖や分化を制御するという概念を提唱し実証した。この概念は、シグナル伝達の基本的なパラダイムの一つとして、生命科学の発展に極めて大きな貢献を果たしている。
[受賞当時の対象分野: 生命科学(分子生物学・細胞生物学・神経生物学)]
アンソニー・ジェームス・ポーソン博士は細胞内シグナルを伝達する新しい機構を見出し、細胞の増殖と分化を制御する重要な分子的基盤を明らかにした。1970年代後半、癌遺伝子産物や増殖因子受容体の自己リン酸化がチロシンリン酸化であることが明らかにされた。しかしチロシンリン酸化による細胞内シグナル伝達の機構は不明であった。ポーソン博士は細胞内シグナルタンパク質にSrc homology 2(SH2)と自らが命名した特徴的なモジュール構造を持つドメインがあり、このドメインが他の分子のリン酸化チロシンとその周辺のアミノ酸配列を認識、結合することによってそれ以降の細胞内シグナルの連鎖カスケードを誘導し、細胞の増殖や分化を促進することを明らかにした。
ポーソン博士は癌遺伝子産物中の触媒ドメイン(チロシンリン酸化酵素)以外の領域も細胞の癌化に必要であるという知見を発展させ、種々の癌遺伝子産物やシグナルタンパク質にSH2と命名した約100アミノ酸残基からなる共通の配列が存在することを見出し、SH2ドメインがチロシンリン酸化酵素とその基質間の相互作用を介在することを明らかにした。ポーソン博士はSH2ドメインが細胞膜や細胞骨格タンパク質との結合を媒介するアダプターとして働くという概念を提唱し、実際にRasGAPシグナルタンパク質のチロシン残基がリン酸化されると、それによって結合してくるタンパク質が存在することを明らかにした。さらに試験管内で種々のSH2ドメインがチロシンリン酸化されたタンパク質と直接結合することを実証した。また種々のSH2ドメインとタンパク質の結合強度が異なることを示し、個々のSH2ドメインが特異性を持ってチロシンリン酸化タンパク質と結合して特徴ある細胞内シグナルの連鎖カスケードを誘導することを明らかにした。以上の成果はアダプターがカセットのように働きタンパク質とタンパク質の会合を連鎖することで、細胞の増殖と分化を制御し、癌化のように細胞に大きな変化をもたらすシグナル伝達の仕組みの根幹として働いていることを示したものである。従って、ポーソン博士のアダプター概念の提唱とその実証はシグナル伝達の基本的なパラダイムの発見の一つとして、その後の生命科学の発展に極めて大きな貢献を果たしているものである。
以上の理由によって、アンソニー・ジェームス・ポーソン博士に基礎科学部門における第24回(2008)京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです