Fukumi Shimura
第30回(2014)受賞
美術(絵画・彫刻・工芸・建築・写真・デザイン等)
/ 染織家
1924 -
多種多様な草木から染め出した色糸を語彙として、紬織に即興性を取り入れ無限に色を奏で響かせる独創的な美の世界を拓き、絶え間ない自然との交感と思索によって「人間存在を自然の中に織り成す柔らかな思想」に到達した。
[受賞当時の対象分野: 美術(絵画・彫刻・工芸・建築・デザイン)]
志村ふくみ氏は、柳宗悦の民藝思想に触れ、それを契機に染織の道に入り、日本の農家の女性たちによって普段着の着物として織られてきた紬を対象に美を探求し続けてきた。草木から染め出された類まれな多彩さと芳醇さを有する色糸を語彙として携え、経緯の糸の交差と集積という最も原初的で根源的な平織のなかに独自の感性に基づく即興性を取り入れ、無限に色を奏で響かせるという前人未到の美の機軸を拓いた。その仕事は日本の紬にまつわる伝統的ヒエラルキーをしなやかに超越し、まったく新しい美的価値観を構築するものであった。
糸を紡ぐ・草木で染める・織る・着る・語り伝えるという営為は、太古から連綿と世界各地で行われてきたものである。志村氏はなかでも最も素朴な紬の有り様に無限大の可能性を見出した。
草木染めは、多種多様な植物、すなわち自然そのものから色を得る行為である。志村氏は、大自然の営みの内奥に潜む真理を読み取り了解しようと努め、その複雑かつデリケートな植物の生命現象と息を合わせ、絶妙な色彩として顕現させる技法を極めた。それは、大自然の循環に心身を委ねることでもあった。天体の運行や月の満ち欠けと染め色との影響関係を認める志村氏の工房では、月齢を示す暦に基づき四季の移り変わりと生あるものの繁茂衰退など自然の姿を見つめながら活動を続けている。 植物から緑が染まらないのはなぜか。藍甕から糸を引きあげた瞬間に現れる緑がなぜすぐ消えるのか。これらの本質的な問いを掲げた志村氏は、ゲーテとシュタイナーの言葉に出会う。光のそばに黄色、闇のそばに青があらわれ、両者が結合した時に緑が出現するというゲーテ。「緑は生あるものの死せる像である」というシュタイナー。日本の古典的色彩論もあわせ、洋の東西を問わず色彩論を巡礼する志村氏は、植物の緑という得難い色を追求する中で出会ったこれらの言葉に「目に見えない世界との連繋」への確信や染めの奥儀を見い出し、透徹した思索を重ね、その成果を多くの作品と著作に結実させた。
つねに自然に寄り添い、自然との対話を通じて形成された志村氏の「紬の思想」は、「人間存在を自然の中に織り成す柔らかな思想」として人類の未来への示唆に富むものである。そのような奥深い思索を秘めた紬の美を通して、志村氏は自然との共生という人間にとって根源的な価値観を追求し続けている。
以上の理由によって、志村ふくみ氏に思想・芸術部門における第30回(2014)京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです
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