感染症流行のメカニズムを
数学でよみとくには?
進化を考慮してRNAウイルス感染症の消長を予測する方法論「ファイロダイナミクス」を提案し、免疫動態・疫学・進化学を統合した研究分野の開拓・発展に貢献した。これらの成果に基づき、さまざまな感染症の感染メカニズムの理解や効果的な感染予防方針の提案に大きな役割を果たした。
私はこれまでの研究人生を通じて、感染症の個体群動態や進化に取り組んできました。この講演では、感染症の流行と、そのダイナミクスが明確に現れている膨大な長期データセットを紹介することから始めます。免疫反応を引き起こす急性感染症の流行ダイナミクスの好例として、はしかを取り上げます。次に、私が取り組んできた主に三つの研究テーマについてお話しします。第一に、私は共同研究者と共に小児感染症、特にはしかについて、非線形の時間的変動を調べました。私たちは単純な数理モデルと感染データの時系列解析を用いました。これによって、変動したり時にはカオス的に振る舞ったりする流行の時間変化が説明できました。また、季節性や人口動態に関わる要因、そしてワクチン接種がそのパターンに与える影響も明らかになりました。第二に、地域的レベルでの流行の時空間ダイナミクスと、局所集団で流行が持続するかどうかを決める要因を分析しました。第三に、インフルエンザやSARS-CoV-2などの不完全な免疫しか得られない病原体の進化的ダイナミクスについて調べました。私は、その時に最も広く行き渡っている免疫を回避するようなウイルス変異株を作り出す疫学的特徴とウイルスの進化の相互作用を表すため、「ファイロダイナミクス」という言葉を作りました。それ以来、ファイロダイナミクスという考え方は、病原体の進化に関するさまざまな問題に適用されてきました。最後に、私のキャリアから得られた教訓、特に学際的な共同研究の力と楽しさについて述べてこの講演を終えたいと思います。
往々にして、生き物の世界は説明するにはあまりにも複雑すぎます。しかし、時にはシンプルなモデルをつかってそれを解きほぐすことができます。
※ プロフィールは受賞時のものです