どうやって情報を守りながら
通信して計算するのか?
計算と通信の革新的な基礎理論の構築により、情報科学における新たな潮流を作り出し、暗号や 量子計算などの最先端研究にも多大な貢献を果たすとともに、セキュリティ、秘密計算やビッグデータ処理などの現代社会における実問題にまで影響を与え続けている。
記念講演では、私のコンピュータ科学での旅について簡単にお話ししたいと思います。それは、1970年代に若い物理学者が、『不思議の国のアリス』の主人公のようにコンピュータ科学の世界に迷い込み、長く不思議な旅を続けていく物語です。
私は1946年に中国の上海で生まれ、その後、家族と共に香港、台湾へと移り住みました。家庭での教育のおかげで、中国の伝統的な価値観が身につき、学問と文化を愛する気持ちが育まれました。私は、数学や科学や歴史が大好きな子どもでした。科学の世界で繰り広げられる冒険と英知、そして勇気の物語に、私は、歴史と同じように畏敬の念を抱き、荘厳さを感じるようになりました。そしてなんと、科学に一生を捧げる夢を見たのです。
1972年にハーバード大学で物理学の博士号を取得した私は、コンピュータ科学という、当時はまだ「目新しかった」学問に巡り会いました。たちまちその虜になった私は、研究分野を変える決心をして、二つ目の博士号を取得したのです。
当初、私は、最小全域木やB木(計算機科学におけるデータ構造の一つ)など、アルゴリズムの未解決問題に取り組んでいましたが、1975年以降は、計算の新たな枠組みや理論に興味を持つようになりました。ほとんどの場合、研究は、強く興味を引かれる問題を見つけるところから始まります。実際に私は、正しい疑問を持つことが、しばしば優れた研究の決め手になると信じるようになりました。
今回の講演では、私の業績の一端を簡単にご紹介するために、三つのテーマについてお話しさせていただきます。それは、ミニマックス複雑度(通称「ヤオの最小最大原理」)、通信複雑度、そしてマルチパーティ計算による秘密計算です。また、量子計算、オークション理論、そしてAIについても少し触れさせていただくつもりです。喜ばしいことに、これらの業績は、時の試練に耐えて今も高い評価をいただいているようです。と言いますのも、今もなお、それらは研究者の大きな関心を集め、時には、実際に影響を与えることすらあるのですから。
ご紹介した研究テーマが多種多彩にわたっていることが、この50年間の情報科学の発展と、学際的な連携の拡大を象徴していることは紛れもない事実です。
要約しますと、私のコンピュータ科学での旅は、紆余曲折はあったものの、実に素晴らしいものでした。その途中で、私は多くの才能豊かな人たちに出会い、多くの素晴らしい友人を得ました。私にとって特に幸運だったのは、グラショー教授とクヌース教授という2人の師と出会い、刺激を受けたことです。お二人は、科学分野の大家(たいか)であると同時に、誰よりも親切で心優しい方々でもあるのです!
( )内は稲盛財団による補注
科学においてパラダイムとは、真実を探求することです。その過程で、人の精神を高めることができるパターンや美しさを発見することがあります。それは、人の心を豊かにし、さらに人類が将来の課題に備えるイノベーションにもつながります。
※ プロフィールは受賞時のものです