Edward Norton Lorenz
第7回(1991)受賞
地球科学・宇宙科学
/ 気象学者
1917 - 2008
マサチューセッツ工科大学 名誉教授
気象学における天気および気候の予測問題の理論的基盤を固めて、現代の大気物理学・気象学のコンピュータによる研究基盤を確立するとともに、それに伴う決定論的カオスの発見によって、ニュートン以来の近代科学の自然観に劇的な変革を与え、広い分野の基礎科学に大きな影響を与えた。
エドワード・ノートン・ローレンツ博士は、現代の卓越した理論気象学者であるのみならず、「決定論的カオス」と呼ばれる科学の新しい重要な研究分野の開拓者として世界的に著名である。この理論は、博士自身の研究分野である大気圏科学にとどまらず、その応用は多岐にわたり、純粋数学から物理学、工学、化学、生物学、経済学、地学に及んでいる。
理論気象学者として、博士は有効位置エネルギーの概念を精密化し、大気大循環の力学系を支配する方程式を定式化し、さらにそれを単純化することによって天候や気候の予想をコンピューターモデルによって数値的に求めるための基礎を与えた。その数学的方法論は、地球環境問題に関連して大気循環の数値シミュレーションを作るためにも広く用いられている。
重力場における熱対流の研究において、博士は大気力学系の次数の低い簡素化された表現方法を導入し、最小限の非線形常微分方程式を用いて、大気循環現象の基礎物理を浮き彫りにすることに成功した。この方法によって、博士は典型的な決定論的カオスを解として持つ最初の微分方程式系、たった三つの自由度を持つ散逸系を発見した。この発見によって解明されたことは、決定論的非線形力学系においては、氏のいう「バタフライ・エフェクト」(蝶々羽叩きの効果)すなわち、初期の条件を極微小だけ変化することが、将来の状態に巨大な変異を発現するという現象が起こりうるということであった。博士は、さらに他律性と自律性の概念を導入して気候状態の多重性を指摘し、気候の唐突な変化に対する理論的根拠を与えた。
ローレンツ博士の決定論的カオスの発見は、遠い将来の予測は至難といえる現象が至るところに存在するという事実に、明解な数学的説明を与え、あらゆる科学、さらに科学を越えた学問分野においてさえもわれわれの自然観に革命的な変化をもたらした。ローレンツ博士は、第7回京都賞基礎科学部門の受賞者として、最もふさわしい。
プロフィールは受賞時のものです