Alfred George Knudson, Jr.
第20回(2004)受賞
生命科学及び医学(分子生物学・細胞生物学・システム生物学等)
/ 遺伝学者・医師
1922 - 2016
フォックス・チェイス癌センター 上級顧問
癌の原因が明らかでなかった1970年代初頭に、小児癌の1つである網膜芽細胞腫の臨床的な観察を基に、統計的モデルを使って遺伝性の癌の発生機序を解析し、対立遺伝子の2回の変異が発癌に関わるという「2ヒット説」を提唱した。さらにこの現象の本質として、癌細胞の増殖を抑える癌抑制遺伝子の存在を予測し、その後の癌遺伝学研究の飛躍的発展に大きく貢献した。
[受賞当時の対象分野: 生命科学(分子生物学・細胞生物学・神経生物学)]
クヌッドソン博士は、未だ癌の原因が明らかでなかった時期に、統計的モデルを用いて小児癌の1つである網膜芽細胞腫の発症機構の解析を進め、特定の遺伝子に2回の変異が起こると癌が発症するという「2ヒット説」を導き出し、このような遺伝子を「抗腫瘍遺伝子(anti-oncogene)」と命名した。これは現在、癌抑制遺伝子(tumor suppressor gene)と呼ばれているものである。博士の「2ヒット説」は、その後の重要な癌抑制遺伝子の発見を導くとともに、癌遺伝学研究の飛躍的発展に大きく貢献した。
1970年代、発癌ウイルスや加齢に伴う発癌の研究から、優性の癌遺伝子の存在が予測されていたが、これらの説では遺伝性の癌や若年性の癌の原因は説明できなかった。遺伝学者であり医師でもあるクヌッドソン博士は、網膜芽細胞腫に着目し、家族歴のある遺伝性患者では生殖細胞において既に1回目のヒットすなわち変異を有しており、その後2回目のヒットが加わることで癌が発症し、一方、非遺伝性の患者では網膜芽細胞が2回ヒットを受けることで癌が発症することを統計的モデル解析によって導き出した。すなわち遺伝性癌も非遺伝性癌も2回の変異を受けた結果、癌が発症するという「2ヒット説」を1971年に提唱した。
博士はさらに、2回の変異が対立遺伝子上で起こることを予測し(1973年)、その遺伝子を「anti-oncogene」と呼ぶことを提唱した(1982年)。また博士は2回のヒットが、遺伝子の突然変異や欠損、組み換え等によって起こることを予測した。この変異機構は1983年に他の研究者によって立証され、さらに1986年には網膜芽細胞腫の原因遺伝子Rbが単離され、その後ウィルムス腎腫瘍や家族性乳癌などの原因遺伝子として多くの癌抑制遺伝子も単離、同定され、博士の「2ヒット説」は腫瘍化の基本機構を説明するものであることが立証された。
このように臨床医としての慧眼をもって2ヒット説というシンプルな原理を導き出し、複雑な発癌のメカニズムの解明に貢献した博士の業績は、今日の生命科学研究の中にあって、燦然とかがやく偉大な業績である。
以上の理由によって、アルフレッド・ジョージ・クヌッドソン Jr.博士に基礎科学部門における第20回(2004)京都賞を贈呈する。
プロフィールは受賞時のものです